「冒険の記憶」



「何だ、外にいるとは思わなかったぜ」
声をかけられ、アルクゥは振り返った。
「あ、ルーネス……何?」
「いや、宿屋の中にいないから。どこにいんのかと思ってさ」
「あ……うん。戻ったほうがいいかな?」
「ん? 別にそんなことないさ。何してたんだ?」
「うん……ほら、随分遠くへ来たんだな……って」
言いながら、アルクゥは沈みかかった太陽に赤く染められた空を見た。アムルの町からは、ずっと 育ってきた浮遊大陸もほとんど見えない。
「そうだよなぁ……これから、もっと遠くへ行くことになるんじゃねぇか?」
その言葉がアルクゥに届いたかどうか――半分は届いていないだろう。
「え? ――あ、ごめん。……ねぇ、ルーネス」
「うん?」
「僕、さ……ちょっとは、強くなったかな?」

自信なさげに、アルクゥはそう言ってルーネスの目を見た。
「なったなった。ずいぶん魔法にも慣れてきたみたい――」
「違うよ」
即座に、彼は否定した。
「?」
「……あ、あっ、ごめん。……その……だから……少しくらいは、さ。……弱虫じゃなくなったかな?……」

さっきよりももっと自信のない声で、アルクゥはほとんど囁くように言った。
「なったんじゃ――――あ」
ルーネスの中に埋もれていた記憶が、光を反射する鏡のように一瞬光った。
「え? な、何……?」
「へへっ……なぁ、覚えてるか? あれ、1年くらい……いや、もうちょっと前かなぁ……」


その日も、いつもと同じ綺麗な朝だった。
「何だ、また本読んでるのか?」
「う……うん」
「もったいねぇなあ。見てみなよ、すっごくいい天気だぜ? な、な、一緒に外行こう!」
ルーネスが指した窓の外には、どこまでも透明で厚い青空が広がっていた。
「え? で、でも僕は……」
「たまには外で遊ばないとさ、そのうち病気になっちゃうって! ほら、行くぞ!!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっとルーネス、だから……うわぁっ!?」
アルクゥの本を取り上げて放り出すと、ルーネスは彼の手首を掴んで元気よく歩き出した。

「あ、ルーネスだ!」
長老の家から出てきた2人を見つけ、彼らより幾分年下の子供の1人が叫ぶ。
「ルーネス! 俺たちさぁ、今西の森を探検しようって話してたんだ!」
「一緒に来てよ!」
他の2人の子供も口々に言う。
「探検!? すげー面白そうじゃん! 行く行く!!」
乗り気になったルーネスの袖を、アルクゥがきゅっと掴む。
「ま、待ってよルーネス! ……危ないよ」
琥珀色の目をルーネスに向けたまま、彼は続けた。

「いつも言われてるじゃないか。あそこは危ないから近づくなって……」
「何言ってんだよアルクゥ!」
子供の1人がむくれる。
「危なくなんかないやい。そんなの平気だよ!」
「危ないなんて言ってさ、怖いんだろ?」
にやにやと笑って、その子供はアルクゥの顔を見た。

「こ、怖くなんか……ない、よ…………」
初めこそ声は大きかったが、風船から空気が抜けるように急にしぼんでいった。
「へーん、怖いんだ!」
「わーい、弱虫やーいっ!」
「っ……弱虫、なんかじゃ…………」
うつむき、ほとんど消え入りそうな声で精一杯反論しようとする。
泣き出しそうな親友の目をそっと拭いながら、ルーネスは囁いた。
「……気にすんなよ」
「…………」
ひどく悲しげではあったが、アルクゥは小さく頷いた。
「おいコラ! アルクゥいじめたら俺が承知しないぞ!!」
3人のほうに向き直り、ルーネスは怒りをこめて言い放った。
「ひっ……わ、分かったよ」
悪ガキがそろってすくみ上がるところを見ると、どうやら鬼か閻魔か――とにかくよほどの形相だったようだ。
「で、行くよな?」
振り返り、ルーネスはにかっと笑った。
「え!? ど、どこにっ!!?」
「な〜に言ってんだよ、森に決まってんだろ?」
「「「お〜〜っ!!」」」
「……ええぇぇぇっ!!?」
こぶしを突き上げる子供たちとルーネスとをしばらく交互に見て――アルクゥは、ガクンと首をうなだれた。

鬱蒼とした森の木々の間から、わずかに光がこぼれる。踏みしめる土の湿り気、吹き抜ける風――何もかもが、村とは違っていた。
「ねぇ……もう戻ったほうが良くないかな……? なんか、天気が悪くなりそうだし……」
「何言ってんだ、こんなに晴れてるじゃないか。怖いなら1人で帰れよ」
「無理だよ、こいつにそんな度胸ないって!」
さっきルーネスに怒られたことも忘れて、3人がはやしたてる。アルクゥはひと言も言い返すことなく、ふっと顔を伏せた。
「……ところでさぁ」
子供の1人が思い出したように言った。
「帰り道、分かるか?」

――空気が、石化する。

「……」
「……だ、大丈夫だって! 地面に足跡が残ってるじゃないか!」
他の1人が足元を示す。柔らかな土に、いくつかの足跡がついていた。
「そ、そうか、そうだよな! よし、進もう!」
風が吹き抜けた。今までよりももっと湿った、重たい風だった。

――ぽつん
水滴がルーネスの頬をかすめた。それが合図だったかのように、パラパラと降り始め――まもなく、ひどい雨になった。
「……だから言ったってのに……」
顔に片手を当て、アルクゥは呟いた。大粒の雨が地面をたたき、ぬかるみが足跡を呑みこむ。
「…………どうして、降るって?」
ルーネスが問うと、どことなく投げやりな声で答えが返ってきた。
「……風が、妙に湿っぽかったからさ……他にもいくつかあるけど」
「へぇ……」

雨はどんどん激しさを増していた。木の枝葉に守られていたはずの地面も泥に覆われている。
雨粒はびしびしと森を叩き、泥を跳ねさせた。

――ざわっ

風がまた吹き抜ける。
「なぁ……帰れるよな?」
「バッカ、何臆病風に吹かれてんだよ……」
「か、帰れるって! ……多分……」

「大丈夫だ」
不安げな子供たちの後ろに立ち、ルーネスは言った。
「な……何で!」
「きっと大丈夫さ。あいつが、帰り道を見つけてるみたいだぜ」
ルーネスの指した先には、空を見続けているアルクゥの姿があった。彼は4人の方を見ると頷いてみせ、ぬかるみの中を走り出した。

5人の少年は走った。泥まみれになりながら、ただ走った。
突然空が青白く光り、次の瞬間雷鳴が響き渡った。
「うわぁぁっ!」
思わず頭を抱え、ぬかるみに膝をつく。

真っ先に立ち上がったのはルーネスだった。3人の子供たちも次々と立ち上がる。ただ1人立てずにいるアルクゥに、ルーネスはそっと歩み寄った。
「……すごい雷だったな」
「う、うん……かなり近くに落ちたよね…………」
「……何だ、もしかして怖いのか?」
アルクゥが小さく震えているのに気づき、ルーネスは彼の顔を覗き込んだ。
「こ、怖くなんかない……」
「無理すんなよ。俺だって怖いさ」
「……ルーネス、も……?」
「あぁ、誰も笑わないって。皆怖いのは一緒だ。…………立てるか?」
「う、うん…………あ」
差し伸べられた手を握りはしたが、どうしても立ち上がれない。
「…………ご、ごめん……」
「……仕方ねぇな。ほら」
ルーネスはアルクゥの目の前にかがみ、おぶさるように手で示した。背中に親友の温度を感じながらそっと立ち上がる。
耳元で、ルーネスにしか聞こえないほど小さな声がした。
「……ありがとう…………本当言うと、すごく怖かったんだ……やっぱり、僕は……弱虫なのかな」
ルーネスは、何も答えずに走り始めた。


「……あったっけね、そんなことも」
「あぁ。あの後じっちゃんにこっぴどく叱られたよな」
「そうそう、雷直撃って感じで。あれ怖かったなぁ……ルーネス、あの後しばらく外に出してもらえなかったよね」
「ちぇ、自分はひどい熱出して寝てたくせに」
「……”外に出ないと病気になる”なんて言ったの、どこの誰だっけね〜?」
ルーネスをちらりと見て、アルクゥは皮肉な笑みを見せた。
「うぐ……と、とにかくさ! 俺、あの時お前のことすっげー頼もしいって思ったんだからな!」
「……僕を?」
「うんうん。村が見えてきたときなんか、もう泣きたくなった」
「それと僕とがどう関係あるのさ?」
「お前が道をしっかり教えてくれたからじゃねえか。すごく落ち着いて見えて……頼もしかった」
「誰かさんの背中の上だったけどね」
またも皮肉っぽく言ってみせたアルクゥに苦笑しながら、ルーネスは続けた。
「とにかく、さ。今のお前を見てはっきり言えるよ」
「……何てさ?」

「お前、あの時よりずっと強くなってるよ」

「……!」
「雷にすくんでた頃とは大違いだ」
「あぁ、もう! ひどいよそれ……」
付け加えて舌を出してみせたルーネスに、アルクゥは軽くむくれながら笑っていた。
「お〜い、そこの2人〜っ!! いつまで油売ってんのよ! 御飯冷めちゃうじゃない!!」
開けた窓から身を乗り出して、レフィアが叫んでいる。
「あ〜、行く行く! ……やべぇやべぇ、飯冷めないうちに戻ろうぜ」
「……うん!」
一番星が、空に瞬いた。



おわり



あとがき
FFはこれが初ですね〜。ちょっと台詞の部分が多いか。描写が上手くできるようになりたいです_| ̄|●
構想自体は割と前からあったんですが。
いじめられっこなアルクゥは可愛いと思います。3次元いじめられっ子は……辛いですね; 可愛いで許される。訳ねぇよ。
ウルの村の例のイベントで「やべぇ、ルーネスだ……ずらかろうぜ!」って台詞があったじゃないですか。
ってことは、ルーネスは怖いのか? w
あ、今更だけどイングズ出てないや……いずれ彼の話も書いてみたいなぁ。
ここまで読んでくださってありがとうございました。


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