「恋せよ少年」


「……はぁ〜……」

 窓から裏の鍛冶屋を眺めながら、ガン・ヌは長いため息をついた。その横からいきなり妹の声。そう言えば、昨日キャラバンが帰ってきたのだった。

「何だ何だ何だよ兄貴、不況による経営不振でリストラ寸前未来は真っ暗とか?」
「な訳あるか」

 声の方など見ずにずばり突っ込む。だが、勿論そんなことで口をつぐむ妹ではない。

「あそ。……しっかしあんた、何向かいの次男坊よろしくブルーなため息ついてんのよ?」

 ――こんな感じで。

「は? 向かいの、ってハヤテかよ?」

 瞬き、ガン・ヌは振り返った。何かとひとりで悩みがちな向かいの少年――実際は十九になるのだが、どうも妹の幼馴染は子ども扱いしてしまう――とにかく、彼の気弱な顔はすぐに思い浮かんだ。

「またなんかひとりで抱えてんじゃないのか、あいつ?」
「さぁ、俺ぁ知らんけど。でもさぁ、今さっきのあんたそっくりなため息ばっかついてんだよ最近」

 肩をすくめ、妹――ル・ディアは続けた。

「なーんかもう、心ここにあらずって感じでさ。目なんか妙にフラフラ遠く見てるし、なんか顔赤くしてるし、悩んでんだか何なんだか。とにかく今までにない感じ」
「ふーん……まさかなぁ」

 まさか自分と同じため息ではあるまい、とまたため息。何がまさかだとうるさい妹を無視して、ガン・ヌは再び呟いた。

「まさか、な……ま、あいつなら信用置けるし……」
「何だよ兄貴さっきからもう、やっぱり不況で悩み悩んでんじゃ」
「お前は不景気から離れろクソ妹」

 妹の顔にむぎゅ、と手を押し付けて無理矢理黙らせ、そう言い放ってガン・ヌは立ち上がった。


 すでに暮れかけて紺色がかった岬に男ふたり。潮鳴りなどをBGMに、セルキーの方が突然口を開いた。

「なぁ、少年……恋してるか?」
「……は?」

 クラヴァットの”少年”はあまりに唐突な問いにしばらくきょとんとしていたが、潮風に頬を撫でられて我に返ったようだ。真っ赤になって両手をぶんぶんと振り、クロスさせてわたわたと叫ぶ。

「なっ……なな何ですかいきなり!? ここ恋ってそんな、そんなこと!」
「おーい、逆に怪しいぞ、少年」

 舌を噛むほど焦った調子で答えた”少年”の頭をぽんぽんと叩く。さらさらと柔らかいダークブラウンの髪がガン・ヌの手の下で跳ねた。
 ”少年”は軽く息を整え、むっとガン・ヌを見上げる。

「どうでもいいですけど、ガン・ヌさん。僕も二十歳近くなるのに少年呼ばわりですか」
「ああ、悪い悪い。お前の幼馴染が十六になってもあれなんで、つい、な。それに、俺からすりゃお前は弟みたいなもんだし」
「お、弟みたいな……っ?」
「ああ。今どき珍しいくらい純情で将来が心配な弟」
「じゅ……純情、ですか」

 頭をわしわしと撫でられ、”少年”――ハヤテは顔を赤らめながら抵抗するように首を傾げた。

「おうとも。将来心配ってのは誰かさんの受け売りがでかいけどな。大体お前、十代のうちにキスの端にも触れなくていいのかよ?」
「ん、なっ……! そ,そう言うガン・ヌさんはどうなんですかっ!? 貴方もう二十代入ってるじゃないですかっ!!」

 先刻の夕焼けを映したように真っ赤になりながら、ハヤテは決死の思いでカウンターを放つ。

「! ……お、俺はだなその……まあ何つーかアレだ! つまりだな、俺が言いたいのはー!」

 ――見事に、決まった。今度はガン・ヌが焦る番だった。身振り手振りも大げさに必死で口を動かしているが、混乱した頭が口に追いついていない。
 笑うでもなくただただ驚いた様子でこちらを見ているハヤテの視線に気付いて冷静さを取り戻すにはしばらくかかった。深呼吸して神経を鎮め、今度は落ち着いて口を開く。

「まあ、恥ずかしながらそうなんだがな……ここん所気になって仕方ない女が居るんだよなぁ、けどよ……」
「ちょ、ちょっと待って下さい! どうしたんです、どうして僕なんかにそんな話……」
「や、バカ妹曰く俺のその手のため息がお前そっくりなんだと」
「はぁ……え、えぇっ!? ちょっ、その、それは……」

 両手を握り締めて泣きそうな顔をしている”少年”に苦笑しながら、ガン・ヌはもう一度彼の頭を軽く叩いた。

「恋してるか、少年?」
「……いえ、その……違います…………ただなんか、ちょっと妙に気になるっていうか、どうも意識しちゃうっていうか」
「いやそれ恋じゃねえのか?」

 笑いながらその実際以上に小さく見える背中をどん、と叩く。少し強く叩き過ぎたのか、ハヤテはごほごほと咳き込みながら否定した。

「違いますって! 単にいきなりあんなことされたから顔を合わせづらいだけで、別に!」
「照れるなよー! つか、あんなことって何だ……いやそもそも誰なんだよ、相手の娘?」
「うっ、あ……い、言えませんよどっちも! 大体恋なんかじゃないってさっきから……」

 がっしりと掴まれた細い肩を急に引き寄せられ、思わず口をつぐむ。同時に、ガン・ヌの囁き。

「うちの裏の鍛冶バカ。最近気になって目も合わせられねえんだよな」
「……」

 低い真剣な声に瞬いた次の瞬間、ガン・ヌの顔が目の前に迫っていた。にやりと浮かべた笑みがなぜか恐ろしい。

「さあ、俺は白状したぞ? お前も言わなきゃ不公平ってもんだろ、さあ吐け! 誰かくらい教えろってーの!」
「ち、違いますってば忘れてくださっ……うわ何するんですか離してくださいよーっ!」

 突然羽交い絞めにされ、じたばたと暴れて抵抗したがしかし、力でガン・ヌにかなう訳も無く。

「ダーメーだ。言うまで離さん」
「そ、そんなぁ!」
「根比べだな、少年?」

 なおも空しい抵抗を続けながら、ハヤテは目だけで叫んだ。
 ねこのめの兄さんに言える訳ないじゃないですか、そんなの!

じ・えんど



あとがき
「それはみじかいものがたり。」第33話からこんなことに(笑
ガン・ヌ兄ちゃん→鍛冶バカもといライの姉ちゃん、という設定は意外と初期からありました。ライ姉自身は鍛冶に命懸けてるような状態のため、兄ちゃんの想いはあれな訳ですが(苦笑
命短し……だぞ、ハヤテ。


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