或る夕凪のとき



 時刻は午後五時を回り、そろそろ西陽の赤みが強くなって来た頃。
 館員に半ば追い出されるような形で図書館を出てきた本日最後の利用客が居た。
 中背と言うにはほんの少し小柄かも知れない背丈だが、藍色のセーターの袖から覗く手首は背丈に見合うそれより明らかに細い。
 ハイネックの丈の長いセーターと東方の袴に少し似ているゆったりしたズボンという服装の所為で身体の線は分かり辛いが、その手首が彼の体格を如実に物語っていた。
 その細い肩に引っ掛けた大きな鞄はごつごつと膨らみ、半端に開いた口からは幾枚かの紙が無造作に飛び出している。
 鞄は当然のように星の引力を受け、肩からいきなり滑り落ちる。
 慌ててそれを掴み上げ、彼は小さく息をついた。見れば、まだ二十歳前であろう青年である。青年、と言ったが、ぱっと見ただけでは性別は分からないかもしれない。
 濃い茶色の髪は肩に着くほど長く、それを首筋で軽く纏めている紐は蝶結びにされている。
 顔立ちは全体として柔らかく、整ってはいるのだがどことなく童顔気味で、言ってみれば女性的である。
 葉桜を思わせる深緑の目は、やはり青年のそれにしてはやや大きい。
 空いた片方の手を額にやり、彼はもう一度ため息をつく。

(ちょっと、無茶でしたかね……)

 肩に食い込む鞄の重みに、自分のやり過ぎを反省する。もう少し小分けにして資料を集めるべきだったかも知れない。
 まだその時間があることは分かっていたが、目の前の仕事の量を見るとつい急いでしまう。

(何も文献ばかりに頼らなくとも、他にも方法なんていくらでもありますしね)

 実際、鞄から飛び出ている紙束は図書館のネットワーク経由で集めた資料だ。自宅からでも出来ないことはないではないか。
 自分の単純な考えに今までで一番深いため息をつき、ふと青年は顔を上げた。

「――あ」

 瞬き、彼は重い鞄を持ったまま次の目的地へ足を向けた。
 日が沈もうとしている。


★ ☆ ★


 扉の向こうには既に夜が広がっていた。ぼんやりとした橙色の明かりが数多の瓶やグラスに反射してきらきらと輝いている。
 華奢な青年の姿を入り口に認め、カウンターの向こうのバーテンが意外そうに口を開いた。

「おや、珍しいですね。会議という訳でもないでしょうに」

 片眼鏡の紳士は光るグラスのひとつを丹念に磨きながら青年に微笑みかける。
 軽く会釈し、微笑を返す青年にバーテンは続けた。

「入れ違いでしたね、ハヤテ。ウィズとは会いませんでしたか?」
「会っていないから来たんでしょうが……まあ、帰ってから適当に連絡しておきますよ」

 本当は直接会ってさっさと報告したいんですけどね、と呟く。バーテンはそれを聞き逃すはずもなかった。

「確かに、あの人がすぐに電話に出るなんて事はなさそうですからねぇ……で、御用はそれだけでしたか?」
「あ、いえ。……ええと、これを」

 早口に言ってハヤテと呼ばれた若者は鞄から財布を引っ張り出し、数枚の紙幣をカウンターに差し出す。その拍子にびっしりと文字の印刷された紙が宙に舞い、ひらひらと床に落ちた。

「リーダーのツケです。どうせまた月単位で溜め込んでいるんでしょう?」
「流石に分かってますねぇ……しかし、良いんですか? これ、君のお金でしょう」

 紙幣の枚数を鮮やかな指さばきで数えて問うバーテンに、ハヤテはあっさりと答える。

「大丈夫ですよ。仕事の必要経費として計上しておきますから」

 いくら相手がリーダーでもこんな額おごりませんよ、と続け、彼はカウンターの前にあった椅子に腰を下ろした。

「ハヤテ?」
「来たままツケだけ払って帰るのもどうかと思ったんですよ……ジンジャーエールか何か、頂けますか?」
「そんな事言いながらジンジャーエールですか……あるにはありますけどねぇ」
「一応、未成年ですからね。大体今からお酒飲んで帰ったら仕事が片付きません」
「全く、君は……」

 もう少し不真面目に生きたらどうなんですか、早死にしますよなどと言いつつバーテンは一本の瓶を手に取った。
 コップに氷を幾つか放り込み、その中に向けて瓶の口を傾ける。僅かに金色を帯びた液体がガラスの中に躍り、底から大量の細かな泡を噴き上げた。
 とん、と音を立てて置かれたそれを何回かに分けて飲み干し、若者はゆっくりと立ち上がった。

「すみません、それじゃこれで失礼します」
「明日にでもウィズに会ったら言っておいて下さいよ? いい加減財布を持つことを覚えろって」
「言って聞いたらリーダーじゃありませんよ」

 軽く返し、最後にもう一度会釈してから彼は夜のセントラルに混じって消えていった。
 彼を見送った後、しばらくバーテンはまたグラス磨きに意識の大部分を向けていた。
 が、ふと床に目を向けて苦笑する。いつの間に拾ったのか、ハヤテが落としたはずの資料が消えている。

「やれやれ……本当に苦労性な子ですねぇ」

 まあ、今に始まったことでもありませんか……
 そう呟き、バーテンは新たな客が開けた扉に視線を向けた。






随分と間が空いてしまいましたが、蒼天第一話三人組絵&グロ兄絵のお礼……ということにしておいて下さい風唄様(苦笑
そう言えば蒲公英も一周年(ちょっと早いですか)かぁ……懐かしいなあ、去年の今頃(笑
という訳で(?)、蒲公英外伝疾風(&ラグ爺)ネタです。世界観合ってるかな……;
嫁にやった以上余りいじるまいと思ってたんですが…はー兄…
一見賢そうに見えて変なとこで抜けてるのは本家亜流問わず疾風の定番です(笑
なんとなく、彼はお酒強そうな気がします。きつい酒でもさらっと飲んでそうな。
でも一方でやっぱり弱そうな気も……どっちやねんって話ですね;
服装はなんとなくセーターです。単なる趣味か。
グダグダと書いてましたが、この辺で締めにしますか。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

風「唯一まともな締めは健在ですか…」

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