拝啓 親父様

 その後いかがお過ごしでしょうか。こっちはまぁ適当に何とかやってます。
 ちなみにまだまだ修業不足で、時には皆の足手まといにもなってるんでまだ当分帰りません。
 ま、気が向いたらまた適当にお手紙いたします。敬具

 そこまで書き終え、少女は左手のペンを放り出して大きく伸びをした。

「……んーっ! 駄目だ! 真面目な手紙はやっぱ無理! ってね!」

 凝り固まってぐきぐきと鳴る首の筋肉を片手で揉みほぐし、次にぐるぐると回す。
 ひとしきり肩の凝りを解消すると、彼女は後ろ頭のヘアバンドを無造作に掴んで巻き直した。蒼黒のショートヘアが同じく無造作にばさばさと跳ねる。

「……ま、こんだけ未熟なことにしてりゃ頭領様もそううるさく言わないかね。さーて、投函投函っと」

 実の父親にして一族の頭領である男への手紙――但し、かなりふざけた文体だが――を封筒に突っ込んで切手を貼り、少女は立ち上がった。
 ほんの少しだけ右に傾いた切手を眺め、父の反応を予想する。……ま、いつも通りか。
 部屋のドアを蹴り開けようとし、ふと少女は背中に手をやる。その手に握られて上着の下から出てきたのは、ごく小型の弓。
 一度その弦を弾き、さらに彼女は腰の短刀をすらりと引き抜く。――万全だ。鍔の無い刀の刃は、窓から差し込む夕日に鈍く輝いている。

「ま、こっちの方はいつでもオッケーか。こればかりは頭領様も文句のつけようがないでしょうよ」

 呟いた途端、父の「常に警戒を怠るな。油断大敵」という聞き飽きた台詞が蘇る。頭を振ってその声を振り払い、彼女は呟いた。

「ええ、ええ、分かってますよ。これでも俺ぁ正宗の冒険者――鳴雷のねこのめ様なんだからよ」

 そして今度こそ扉を乱暴に蹴り開け、少女は部屋を後にした。
 朱色の光が、斜めに窓を貫いていた。

”鳴雷のねこのめ” Abbey=Judica Age 15




 ★


 そう言えば、最近手紙も出してないな。
 と言っても、近況報告が届く頃には更に別なゴタゴタの2つ3つは起こっちゃってる訳なんだけど。
 皆、元気かな?
 全く、こっちから連絡しなきゃ手紙のひとつも寄越さないんだ。連絡がない=死んでるってこと? ねえ、ちょっと。
 あれから7年、か。随分変わっただろうなぁ。こっちも、向こうも。
 そう言えば、あの頃は間合いの取り方も分かってなかったっけ。今考えたら、もの凄い近間で戦ってたな。
 ……ふぅ。
 あの頃と比べたら、私はどれくらい強くなれただろう。
 ……どうかな?
 少なくとも、まだまだあの人には程遠いと思う。私の故郷の恩人の彼には。
 でも、まだ私は伸びられる。
 絶対に追いついてみせる。
 そうして、いつか彼に会えたなら……

 そこでふと馬鹿馬鹿しくなり、私は苦笑を零した。
 何考えてんだろ、私。
 この身に明日の何が分かるって言うの?
 私たち冒険者には、今しかないじゃない。
 あぁ、らしくなくなってきた。……海なんか見てたからかな。
 この向こうのことは、とりあえず置いておこう。
 今は、他にやるべきことが山積み。

 立ち上がり、大きく背伸びしてから私は背を向けた。故郷とここを隔てる大海に。

”斬風の紅炎” Chikage=Ayamine Age 21




 ★


「……本当に、行くのだね?」
「……ええ。司祭様……今まで、お世話になりました」
「いつでも帰ってきなさい。おまえの”家族”はここに居るのだから」
「……そうですね。それじゃあ」
「あ……少し、待ちなさい」
「司祭様?」
「おまえが修行を終えたら渡そうと思っていたのだけどね」

 そう言うと、司祭は細い十字架の後ろに翼をあしらった小さなブローチを少年の左胸にそっと挿した。

「……申し訳ありません。……でも、もう決めたんです」
「……おまえは本当に良い子だよ。賢くて、誰にでも優しくて、そして……誰より神に素直だ」
「……」
「大丈夫……神はきっとおまえを護って下さるよ。……それじゃあ、そろそろ……」
「……そう、ですね。それでは……皆に宜しくお伝え下さい。司祭様」

 十字架のブローチを胸に焦げ茶の髪の少年が去ったしばらくの後、司祭は小さく頷いて振り返った。
 いつの間にか、子供たちが後ろに立っている。

「……司祭様。ルー兄、行っちゃったの?」
「ああ、行ってしまった……まさか、あの子が冒険者に仲間入りしようとはな」
「ホントだよ。ルー兄大丈夫かなあ」
「よく熱出してたしなぁ」
「あんまり出かけてなかったし……」
「魔物とか、殺したりするんでしょ? ルー兄にできるのかな?」

 口々に言う子供たちをゆっくりと見回し、司祭は静かに微笑んだ。

「……大丈夫だよ。……あの子は、強い子だ」
「司祭様……司祭様がそう言うなら、ホントだよね? ルー兄、きっとすごい冒険者になって帰ってくるよね?」
「ええ。帰ってきますよ。きっと……」

 言いながら、司祭は遠い天を仰ぐ。
 あの子はまだ14。その小さな身体で、いつまで無事でいられるのだろうか。
 ――神よ、どうかあの少年をお守り下さい――

”蒼き薫風” Luther=Ailes Age 19




 ★


 欲しいものが何でも手に入る、なんて大嘘。
 昔から、本当に一番欲しいものは手に入れられなかった。
 目の前には綺麗に手入れされた芝生の庭があるのに、そこで跳ね回って遊んじゃ駄目だって。
 お財布には銀貨が詰まっているのに、町中へ買い物にも行けないって。
 たまに出歩いたときに見つけた子犬は、家にすら入れることが出来なかったしね。

 退屈だったの。

 だから、刺激が欲しかったのかな。
 俗な理由。甘い見方。そんなの聞きなれたわよ。
 あたし、実際強いでしょ?
 今は、冒険者の自分がすっごく好き。
 お嬢さまであることに未練なんかないわ。だって、あの日々はあんまりにもワンパターン。
 現在のことを例えるなら、万華鏡かな。知ってる? 万華鏡。リューンでもたまに売ってるでしょ?
 筒の中を覗くとさ、光の中で色紙とかビーズがキラキラ光ってるの。で、筒を回してやるとそれが目まぐるしくくるくる変わってくのよ。あんな感じ。
 あんな感じで、今の日々は回ってると思うんだ。ねぇ、そう思わない?
 本当言うとね、あたし、どんな宝石よりあの万華鏡が好きだったんだ。
 一瞬だけでしょ? おんなじ形して見えるのが。あの、刹那感? ああいうのが、すっごく好きでね。
 だから、冒険者。刹那の狭間をくぐっていく生き物。
 うふふ。
 結構、似合ってるでしょ?

「……刹那ですか。いつもながら上手いこと言ってくれますね」
「何言ってんのよ、今さら。あたしを誰だと思ってるの? ねえ……」
「貴女は正宗の宿のツケ溜めチームのクロリス。そうですよね?」
「……分かってるならいいのよ」
「あんまり馬鹿にしないで下さいよ?」

 そう。あたしはクロリス。ただ、それだけよ。
 実家の名前なんかとっくに捨てた、ただの一冒険者。それでいいの。
 万華鏡の中に居ることを選んだのは、あたし自身なんだからね。

”桃百合の剣” Chlorith=Erit Age 18




 ★


 そこに意味なんて無い。
 楽に生きる方法なんて無い。
 本来彼の手の中にあるべき物、それさえ無かった。
 少年は”無”を叩き斬る。その手にした巨人の剣で。
 怒りと悲しみと、一握りだけ残っていた希望をない交ぜにした感情のままに。
 人は彼を闘犬と呼んだ。
 荒々しさと単純さと、感情の塊に対しての称号。
 犬、か。全くその通りだぜ。
 ひょいと大剣を肩に担ぎ、少年は舌打ちした。
 剣から鮮血が滴る。

「じゃ、さっさと次行こうぜ?」

 紅に染まった手と少年の背丈ほどもある重い剣にそぐわぬ声音で、彼は言い放った。
 その声には、暗さも悲しさもない。
 運命なんて信じない。
 待ってるだけなんて性に合わない。
 踏みつけられるなんてもう沢山。
 決められた運命なら、ぶち破るだけ。
 少年はそれだけを握り締める。
 手の中の大剣はじっとりと温い。
 ふっと光が頬に触れる。気付けばさっきの傷が消えている。
 振り返り、少年は仲間を急かす。

「何やってんだよ。ほら、次だ!」

 言いたいことは色々あるけど。
 それが言えたら俺じゃない。
 自分の意地の子供っぽさにも気付かず、少年はまた怒ったように叫ぶ。

「もー、置いてくからな!」

 手放すものか、これだけは。
 大剣の腹に、後に続く仲間が薄く映った。

”鬼火の嵐” Shiranui Age 13




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 昔は随分と暴れ回ったものだ。今でもあの砂漠の煌きはよく覚えている。
 尤も、あの生活に戻る気はさらさらないが。
 照りつける太陽に中てられたか。しかし、あの頃は楽しくて仕方なかった。
 青かった、とつくづく思う。他人を傷つけて楽しがっていたなど!
 何故冒険者に、と聞かれたら大抵ははぐらかす。足を洗った理由など思い出す気にもならない。
 ただひとつ言えるのは、冒険だけはやめられなかったということか。

「ふーん。眠たくっても嫌われても歳を取ってもって訳かい」

 阿呆か。眠けりゃ寝るわ。嫌われても歳を取っても、と言うのはあながち間違いでもないがな。
 ……って、幾つだ。お前は。

「砂漠ってさ、要は砂の海だろ? 俺なら水の海の方がいいけどなぁ」

 抜かせ。儂が砂漠に生まれちまったんだ、仕方なかろう。そして答えは無しか。

「ははは。ま、爺さんに海賊ってのも似合わねぇか」

 こら、爺さん言うな! お前のようなヒヨっ子、それもガキには負けんわ!

「ふーん。なんなら今度一戦交えてみるかい? 強いぜ、最近の俺は」

 言ってろ。誰がお前に冒険者の何たるかを教えたか思い出してみるんだな。
 恩知らずにはいずれ罰が当たるぞ?

「あんたに言われりゃ良く分かるよ」

 ……全く、口の減らないガキが。
 よし、分かった。お前がまっとうな冒険者になるまでは儂が見張ってやろうじゃないか。
 感謝しろよ?

「するかい。じゃあ爺さんはまっとうな冒険者だってのかい?」

 さあな。まっとうな冒険者とはそもそも何じゃろうな?

「さっきと言ってる内容食い違ってんぞ爺。ボケてきたんじゃねえの」

 そんな昔のことなど知らん。ほれ、そろそろ部屋に帰らんかい。

 口の減らない生意気な自信家のガキを追い払い、彼は窓を開けた。夜風が吹き込んでくる。
 ――この通り、俺はまだ現役で暴れてるぜ。兄弟。
 風が夜空を揺らめかせた。
”砂漠の鳶” TenRai Age 62




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 それぞれの過去
 それぞれの道
 集った六人の燈す炎
 人は彼らを呼ぶ
 ――『燻』と

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