「星空、仰いで」



「行くよ…………」

 小さく呟き、ちょびは瀕死のそれにゆっくりと近づいた。
 両の手に力を込め、赤と黒に金で縁取った槍を振り上げる。

 止まる時間、静まる風。

「やあぁぁっ!」

 槍はそれを勢い良く貫通した。ぴくんと動いたのを最後に、息絶えたのだろうか、それは全く動かなくなった。
 と同時、それはきらきらと崩れ始めた。それは表面から金色の細かな光の粉となり、高く高くまっすぐに昇っていく。
 神々しいまでの瘴気の最期を、5人は息をするのも忘れたように見上げていた。


 青く碧く、どこまでも蒼く。北から空は明るみ、瞬く間に澄み渡っていく。
 その空は高く、遠く、明るい。
 本当の空が、永遠のような時を超えて戻ってきた。


 山を出る頃には、既に日は落ちていた。夜に染まった瘴気に覆われない空は、星明かりに煌いている。
 誰からとも無く歩き出す。死にそうなほどに疲れていたはずなのに、5人はパパオの前をゆっくりとした足取りで歩いていく。

 そこに言葉は無かった。
 同じものを見ていた。
 同じ想いを抱いていた。
 それだけで、充分だった。
 星空が見守る中、どれほどの間無言で歩き続けただろうか。

「……終わっちゃったね」

 ふとちょびが呟いた。薄く笑った顔は、どこか寂しげな色を帯びている。
 ル・ディアは頷き、全員が思っているであろうことを口にした。

「うん……もうさ、5人で旅する理由…………なくなっちまったんだよね」

 声は清浄な空気に溶けていった。しばらくの沈黙。その間にも、彼らは歩いている。
 ややあって、ティ・ライがそっと口を開く。

「それを言うんじゃねぇよ……言ったら、ますます現実だって思えるじゃねぇか」
「分かってる……分かってるよ。……でも、現実なんだ…………瘴気から解放されたけど、でも、だから……キャラバンは、解散ってことさ」

 最後のひと言に近づくにつれ、ル・ディアの声はしんみりとしたものになっていた。
 旅の終わり。世界の思い出のありようが正しい姿に戻った。瘴気は世界から去った。
 喜ぶべきこと。なのに、どうして星空は滲もうとするのだろう。

 答えなど、分かっているのに。


「……懐かしい、ですね……ずっとこの旅の時間が続くと、……そう思っていたんですね、僕ら」
「もっともっと……やりたかった。あたしら5人して、冒険していたかった……」

 星空が濡れて流れ落ちたのは、誰の瞳からだったろうか。しばらくは、また沈黙が続いた。


「楽しい思い出は抱えすぎれば、振り返ってばかりで前へ進めなくなる……それは目的地へ向かう為の手荷物のようなもの……」

 ソレントの口から、ふっとミオの言葉が零れた。思い出は手荷物のようなもの。重すぎれば目的地へ向かうのが辛くなる。軽すぎれば中身の無い旅になってしまう。
 この思い出の重さは、手荷物には重過ぎるというのだろうか。
 この手荷物は、そっとどこかにしまっておくべきなのだろうか。
 答えの分からない問いを抱えながら、彼らは歩いていく。故郷の村へ。
 星がひとつ流れて消えた。



「……あの、さ。瘴気が晴れたってことは、……自由なんだ。うん。そうだね……」
「ねこのめ?」

 独り言のように言った彼女に、ハヤテが首を傾げる。
 ル・ディアは頷き、彼に向かっていつもの笑みを見せた。

「そうだ。俺さ、帰ったら行商に出るわ。せっかく世界が目の前に広がってんだ……夢はでっかく持てってね。世界中商いして回ってさ、時々はこの旅のことを思い出す。そんな旅に出ようと思う」

 そう言った彼女の目に映る星空は、きらきらと深く輝いている。
 ちょびはそんな彼女に頷き、続いて口を開いた。

「そう……そうよね。世界があたしらを待ってんのよ。あたしだって行くわよ。この槍で、世界に挑戦してやるわ」
「ちぇっ、何だよお前ら。黙って聞いてりゃ旅だ旅だって! そういうこと、俺に無断で語ってんじゃねぇ! ったく、今度は気楽にひとりで旅してやらぁ!」

 乱暴に言ったティ・ライに、仲間たちはただ笑いかけた。誰よりもこの旅を楽しんでいたに違いない、旅好きのティ・ライ。ひとり旅をしたい本当の理由は、何となくでも分かっている。
 ふん、と鼻息をつき、ふとティ・ライはハヤテを振り返った。

「……そうだ、お前は? お前のことだ、やっぱり村に……?」

 その問いにハヤテはゆっくりと首を振り、静かに微笑んだ。

「僕は……シェラの里を目指そうと思います」

 誰も驚かなかった。ル・ディアがふぅん、と呟き、ソレントが目だけで笑ってみせただけ。大人しい性質のハヤテだが、唯一旺盛な彼の知識欲を皆よく知っていた。
 元来魔法を得意とした彼のこと、魔法と知の故郷には惹かれるものが前々からあったのだろう。仲間たちの脳裏には、シェラの里に来るたびリュクレールの講義に聞き入っていた彼の姿が焼きついている。
 ちょびは旅の間中リーダー的な仕事を任せっぱなしにしてきた副長の背中をぽんと叩き、笑いながら口を開く。

「へへっ、その内向こうで会えたりしてね。……頑張りなさい。……ただ、無茶だけはしないこと。あんたただでさえ丈夫じゃないんだからね?」
「そうそう、私たち何度あなたの無茶のお陰で足止め食らったことか。その度同じことを言ったはずですわよね?」
「う……ごめんなさい。反省しています」

 ソレントに痛いところを突かれてハヤテが縮こまると、キャラバンの間に軽い笑いが弾けた。
 夜は段々と深くなり、星々はさらにその輝きを増している。
 光が彼らを懐かしい故郷へと確実に歩ませていた。



「見ろよ。……すっげぇ空」

 ル・ディアの声に全員が空を見上げる。そこには瘴気のない晴れ渡った闇が広がっている。
 その中に、点々と光の粒。それらは空に集い、月のような明るい光を地上に投げかけている。

 思い出って、こんな感じなのかな。

 誰かがそう呟いた。暗闇を照らし、道に光を与える存在。きらきらと輝くそれを、いつまでも眺めていたい。
 ――いつまでも眺めてはいられない。
 夜が明けないうちに、首が痛くならないうちに。
 もう一歩歩き出そう。
 浸ってばかりはいられないのだから。

「さっ、行こう?」

 行こう? 星月夜が明けちゃう前に、さ!

おしまい




あとがき

FFCCをクリアした勢いで書き上げました。何が言いたいのやらさっぱりですな;
「星月夜」の歌、好きですねぇ。初めて楽譜見てメロディと歌合わせてみた瞬間、ああいい歌だなぁと。じーんと来るものがありますよね。
そういう訳で、かなり歌のイメージ入ってます。はい。
旅の終わりって、寂しいものが少なからずあるんじゃないかなぁと。修学旅行から帰ったときみたいな(笑
この後、彼らはそれぞれの道を選んで新たな旅立ちを迎えるんでしょう。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。

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