「雪の庭」
サスーンの冬は比較的寒い。が、だからと言って雪が多いわけではない。海からの湿った風は城を囲むようにそびえる
山脈にぶつかり、ネルブの谷の向こう――カナーン側にしばしば雪を降らせた。
そんなサスーンにも、雪が積もる日はある。
朝。石造りの城の庭に分厚い純白の絨毯が敷かれ、赤い絨毯の敷かれた床からも冷気が昇る。燭台の火も、心なしか頼りなさげにひらひらしている。
よほど冷え込んだ日なのか、日が昇っても庭の冷たい絨毯は殆ど厚さを変えていない。
ぎゅ、と足元が鳴る。一歩、一歩、歩を進めるたびに雪はぎゅっぎゅっと鳴いた。
「……姫様」
捜していた人を見つけ、イングズは彼女に歩み寄った。
「あぁ、イングズ! よかったわ、手伝って欲しかったの」
振り返ったサラ王女は、季節はずれの桜が開いたような笑顔でイングズの手を取った。
「姫様。侍女が御捜しで……」
「いいのよ、放っといて。ねぇ、そんなことより私を手伝って、ね?」
「しかし、姫……」
「もぅ! イングズは私の頼みを聞きたくないの?!」
子供のようにふくれる王女。昔から、この顔は変わっていない。
「…………何でございましょう」
イングズの半ば諦めの入った声を聞いた途端、サラの表情は180度ひっくり返った。
「あれ!」
本当に子供のように、塔の横にどでんと転がっている巨大な白い塊を指す。
「……あの、姫様…………失礼ながら、あれは一体……」
「うふふ、雪だるま!」
サラは屈託なくそう答えたが、イングズの中では一瞬の間に「?」やら「!」やら「*」やら、とにかく大量の記号が
めちゃくちゃに駆け巡っていた。
「…………姫。申し上げますが、雪だるまは普通雪玉の上にもうひとつの雪玉を重ねたものかと」
実際、2つの雪の塊――球と言うにはどうにも微妙な形だ――がそこに転がっているだけの光景から雪だるまを想像する輩はいないだろう。
「だからぁ。私ひとりじゃ、どう頑張ってもそこが上手くいかないのよ。ねぇイングズ、手伝って!」
確かに彼女はよっぽど苦労したのだろう。上等のボアがついた厚手のコートのそこかしこに、冷たいしみが広がっていた。
「しかし姫、私は……」
「いいじゃない、ね、ねっ?」
…………本当に、いくつになっても子供のような方だ。
小さくため息をつき、イングズは塊のひとつに手をかけた。……何にせよ、まずはこのいかんとも形容しがたい形をどうにかせねば。
「……ふぅ」
額の汗を拭い、イングズは石の壁にもたれかかった。凍りつくような冷たさが、火照った背中に心地良い。
「わぁ……! すごーい! まんまる! ……ひょっとして、イングズ、あなた雪だるま職人として食べていけるんじゃない?」
塊を雪玉と言える姿にする作業の殆どを横で眺めていたサラが、胸の前で両手を握ってそう言った。サラの言う通り、2つの塊は
今やほぼ完全な球体となっていた。大きさは直径1メートルを軽く超えるだろう。
「姫様…………それでは春夏秋と仕事がありません」
あっさりと彼は王女に突っ込んだ。
「あ、そっか。それもそうね、うん。じゃあ、春夏秋とサスーンで働いて……」
「どの道雪だるまでは大した稼ぎになりません。第一、姫様を放っておいたら……」
「おいたらなぁに?」
「…………いえ」
そっぽを向き、イングズは言葉を濁した。
「……まぁ、いいわ。それより……さぁ、最後よ。イングズ、せーの、で一緒に乗っけてね?」
「了解しました」
答えるや否や、イングズは全身を引き締めて立ち直した。すでに雪に手をかけているサラの隣に立つと、ほのかに果物のような
香りがした。
嗅ぎ慣れない淡い香りに一瞬どぎまぎしたが、それも王女の声にかき消された。
「行くわよ、……せぇ〜のっ!」
それを合図に、ぐっと腕に力を込める。ずる、と滑るように巨大な雪玉が昇っていく。
重い。
額を汗が伝う。これまでの作業で疲れた身体に活を入れながら、絞り出すように押し上げていく。
ふっ、と、一瞬力が抜けた。
その途端。
雪玉が襲ってきた。――いや――正確には、降ってきたのだ。
ほんの一瞬、支えが弱まった。その瞬間視界は白く染まり、鼻腔に冷水が流れ込んだ。
「きゃ!!?」
「!!!?」
どさっ! ……そんな音を立てて、白い塊は2人の人間を巻き込みながら地面にぶつかった。
随分と長い間、そのまま時が止まっていたような気がする。
もぞもぞとすぐ横の塊が動き――
「あ〜、もうっ! もうちょっとだったのに〜!」
ばっと起き上がり、ぱたぱたと雪を払い落としながらサラが叫ぶ。
「イングズ、いつまで埋まってるつもり? もぅ、悔しいなぁ〜っ!!」
ぼすぼす、ぼすっと音が聞こえる。雪の中から起き上がってみると、王女がもうひとつ残った雪玉をボコボコと殴りつけていた。
「……すみません、姫。私の所為で」
頭の雪を払いながら、イングズは頭を下げた。
「…………あの時、私がもっとしっかりしていれば」
「……いいのよ。もう崩れちゃったんだし」
そうは言ってみせたが、サラの声は悔しそうだ。
「…………姫……」
「………………悔しいな」
その呟きが、イングズに深く突き刺さった。
「……………………姫」
しゃがんで崩れた雪をいじくっているサラの背中をちらと見て、イングズは雪の上にぼすんと仰向けに倒れこんだ。
いい加減風が冷たく感じられる。と言うことは、もう随分こうしているのだろうか。
薄青い冬空を渡る雲を眺め続けながら、イングズは自分の白いため息が空に溶けるのを見た。
「…………ねぇ。……ねぇねぇ、ねぇってば! ……もぅ! イングズ!!」
「! はい!!?」
ぼんやりしていたところを急に呼ばれ、がばりと起き上がる。
「何でしょう?」
「も〜、何ボケーっとしてんのよ。ほらっ、見て見て!」
言って、サラは両手にちょこんと乗せたそれを見せた。
「…………」
雪だるま。
目も鼻も口もないけれど、ちょっとにっこりしているような――どことなく、造形の崩れた2つの雪だるま。
「よく考えたら、最初っからあんなおっきいの作れる訳ないのよね。って訳でね、こんなちっちゃいのから作ってみたの
……何よ? そりゃぁ、ちょっと……ちょーっとだけ、ブサイクだけど」
「い……いえっ! ぶ、ブサイクなどとは…………!」
慌てて手を振りついでに首も横に振る。そんなつもりは毛頭ない……ある訳がない。
「……うっふふ…………イングズ、可愛い〜!」
正視できなかったサラの顔を見ると……笑っている。物凄くおかしそうだ。
「ひ……姫。…………はしたないのでは?」
「だって、だってぇ〜……イングズの反応見てたら、可愛くておかしくて……!」
なおもきゃらきゃらと笑い続けるサラを見ているうちに――イングズの表情も緩んでいた。
「……姫。もうお部屋に戻られた方がよろしいかと」
ひとしきり笑った後、イングズはきりりと表情を引き締めてそう言った。
「うん、そうね。……ねぇ、今度こそこんなでっかいのを作りましょう! 約束ね!!」
立ち上がり、サラは細い腕を広げられるだけ広げてみせた。
「…………姫より賜った、雪だるま職人の名にかけて」
おわる
あとがき
雪だるま〜!!!(何
ホントはサスーン主従コンビの幼少時代のつもりだったけど、全然幼少時代じゃないですね;
まぁ、この2人が仲良く雪だるまを丸めてくれたのでよしとします。させて下さい。
あぁ……構成無茶苦茶だよぅ(泣
全国のイングズ様&サラ姫様のファンの方々に石入りの雪玉(直径3メートル相当)ぶつけられそうな予感が(ガクブル
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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