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外から御者と他の男の話し声が聞こえてくる。止まった馬車の窓から何の気無しにエイルは顔を出した。街道は真っ直ぐに伸びている。――但し、巨大なクレーターを抱いて。 舗装されていない地面はひび割れ、餌を待つ雛鳥のように大きく円い口を開けている。よく見るとその口の底には幾つもの凹凸があり、一番深いところは大人が入っても頭が見えないほどだ。 「うわー、すっごいなぁ。こりゃ大変だ」 「大変……?」 訝しげに呟き、アレグロも窓の外を見る。 「……うぁ」 布張りの座席に崩れ落ち、そのまま彼は頭を抱え込んだ。 「どうした? 道の真ん中でラミアの井戸端会議でもやってたのか?」 「ああ、今の答えは凄く惜しい感じだ。正解から42キロメートルくらい離れてるな。とりあえず外見ろ」 そうかそりゃ惜しいなぁ、とぬるい声で言いながらクレハは窓に歩み寄り、視線だけで外を見た。そして―― 「……穴の井戸端だったか」 「どれだけ会議好きなんだお前は。問題は井戸端のメンバーじゃねえからな。こっから先は馬車じゃ進めなくなってるって事だからな」 「でも、何があったんでしょうね? こんな穴、よっぽどの事がないと空かないんじゃ……」 「ねぇ。馬車のおっさんもこの事知らなかったみたいだしねぇ」 アルティアに軽く同意し、トスカは立ち上がった。町を行くのと何ら変わらない足取りで軽やかに歩いていき、彼女はぽんと馬車から飛び降りた。 「すいませーん、何があったんですか?」 「あぁ、これなぁ……俺にもよぉ分からんのだが」 彼女を追ってエイルが外に出ると、御者と話していたらしい男が腕を組んでトスカと向き合っていた。 背後で幾つかの足音が聞こえる。振り向くと、騎士と踊り子が立っていた。 男はぞろぞろと下りてきた彼らに一瞬驚いた様子だったが、気を取り直したように口を開いた。 「俺も見た訳じゃないし、伝説めいた話だから信用はせんで欲しいんだがよぉ……”スターマイン”じゃねぇかって噂だ」 「スターマイン? 何よ、それ」 「あぁ、俺も噂は聞いてるよ。神出鬼没の盗賊狩りってやつだろ?」 男に向かって御者が片手を挙げ、話に入ってくる。男は頷き、 「そうそう。盗賊吹っ飛ばし旋風が北上中って目下の噂だ。まぁ、吹っ飛ぶのは盗賊だけじゃねえが」 「型破りの賞金稼ぎ、稼いだ賞金は全部盗賊と一緒に吹っ飛ばしたものの修理費」 「とんでもねぇ魔法の使い手だとか、ちっちゃな子供だとか、古代人の末裔だとか、もうそりゃ凄い美女だとか色々聞くがな。ま、噂だからよ」 「信じるかどうかは微妙な線だな」 「……人の噂って凄いなぁ」 呟き、エイルは胸の前で腕を組んだ。男は上を向いて笑い、 「まぁ、坊やがそんな目すんのも無理ねぇわな! 俺だって半分くらいしか信じてねぇさ。美人なら見たいもんだが、家が吹っ飛ぶのは勘弁な」 「既に道が吹っ飛んでるんだけどね」 珍しく冷たい声でトスカが突っ込み、片手を腰にやった。 「どうすんのよ、馬車どころかこれ人間も通れないじゃない」 「そだねぇ、レンならこんなもんちょいちょいっと直してくれそうだけど、ボクじゃねぇ」 エイルも頷き、お手上げだと小さくポーズで示した。御者は彼のそんな姿に軽く笑い、 「ははは、土木工事屋の友達でも居るのかい? 引き返すなら乗せてってやるよ――どうせ俺らは戻るしかないからな」 「おぅ、なら俺もついでに乗せてってくれや。元々北からの乗合馬車に乗るつもりだったんだが、これじゃ向こうさんも来れんからな」 男の言葉を快諾し、御者はエイルたちに向き直る。 「さて、と。お前さん方も――」 「ごめん、おじさん。ちょっと黙って」 彼を遮り、エイルは唇に人差し指を当てて目を閉じた。 潮の音に混じって微かな歌声が聞こえる。高く澄んだ、しかし神聖さよりはむしろ酷薄さや冷たさを感じさせるソプラノ―― 「聞こえる……あの、山越えのときと同じだ。歌……ええと、”レータグ エティナーグ……なんとか、マラ グノーツ ルオィ”……?」 エイルの唱えた歌詞を聞いた瞬間、リエルの表情が変わった。両の手に素早くスカーフを巻き、彼は叫んだ。 「下がって!」 その声が響くと同時に大地が揺れ始める! 慌てて後方に下がった御者たちの前にアレグロが立ち、盾を正面に構えた。 大穴の底にびしびしと亀裂が入り、隆起を始めた。見る間に土砂や岩の欠片が舞い上がり、全員の視界が砂色に染まる。 「何だ……?」 異変に気付いたらしく、降りて来たクレハが矢筒に手をかけながら呟く。続いてディアが馬車から飛び降りて無言で短剣を抜き、リエルの傍に控える。 最後にアルティアがエイルに駆け寄り、何か言いかけた。が、今や砂煙が立ちこめ、ものを言える状況ではない。 空気が揺れる。 亀裂の入り始めた辺りから猛烈な風が吹き出し、砂が全身にびしびしと当たる――目など開けていられない! ものの数秒で砂嵐は収まった。黄色い靄の中でゆっくりと目を開けると、見慣れないものが目に映った。 「……冗談きついってばぁ」 一度肩をすくめてからがくんと落とし、エイルは肩と同じ角度で眉根を下げた。 先ほどまで砂や土や岩だったものが、手足と胴、そして頭を持っている。エイルの背丈ほどある太い胴体に対して腕は長く、逆に頭は人間のものと対して変わらない大きさのものが半分ほどめり込むような形で胴についている。そこに目鼻は無く、ただ岩や砂の押し固められた境目があるばかり。 岩の戦闘人形――ゴーレムだ。 「ち、硬そうだな……矢、刺さるといいなぁ」 「あぁ、同感だ。剣の方が硬いことを祈るか」 そんなやり取りの間にも魔力が収束し、既に見慣れた紅い光がアレグロの剣に纏わり付く。光の尾を引いて振るわれた剣はしかし、ゴーレムの表面を擦って嫌な音を立てた。 「駄目だ、効きゃしねえ! トスカ、回復に専念するんだ!」 「うぅ、暴れたいってのに……仕方ないなぁ、もう!」 舌打ち交じりのアレグロの言葉に文句を垂れつつ彼女は後方に下がり、へたり込んでいた御者を薙刀の石突でつついて後退させた。 「ゴーレム、か。魔法生物……いや、魔力で動いてる人形だな……ディア!」 「はい!」 体内を巡る”気”を右の拳のただ一点に導きながらリエルは叫ぶ。直後、その点にぴったりと重なるように魔力が渦を巻いて絡まった。 リエルの放った一撃は頑強な腕に受け止められたが、彼の”気”とディアの魔力が融合し、弾ける! 冷気を伴った衝撃波が放射状に放たれ、ゴーレムの左腕に同じ形のひびが走った。 痛覚など無い筈の人形だが、逆襲とばかりにゴーレムはその重い腕を振り回す。 「よっ、と……!」 岩の身体を蹴って後ろに跳び、すんでの所で彼はその一撃をかわした。続いて振り下ろされる逆の腕を掻い潜り、ちらりと後ろに視線を走らせる。 剣技が役に立たないため、アレグロは後方で御者たちに付いて盾を構えている。同じく武器攻撃主体のクレハは弓を背中に背負い、時折支援の魔法を唱えている――他に出来ることがないため、如何せん暇そうではあるが。 エイルが楽器を片腕に抱え、六拍子のリズムを叩いている。打楽器の高い音が空に響き渡った。 「トム ルオィ トゥス、シガム イールピトゥルム、レーテガット アエト ニード ス テル」 青い瞳にははっきりと意志の光が灯っている。そして、古代語の意味するところをリエルは理解していた。 「助かるよ! ……次だ、一気に攻めるからね!」 その歌の意味は、魔法力の封印。先ほどのリエルの独白を聞いていたのか、或いは初めからそのことを知っていたのか。とにかく、エイルはこの巨人の動きを縛ろうとしていた。 漂うクリスタルの力は一瞬で歌に反応した。ゴーレムが突然びくりと震え、凍ったように動かなくなる! エイルは指先でタムを叩き、前方に怒鳴った。 「ちゃっちゃとやっつけてよ! ボク、どうも今の歌は歌いこなせてなかったみたいなんだから!」 「……了解!」 ”歌いこなせてなかった”というのは本当らしい。ゴーレムは膝をついた姿勢のまま動けずにいる。が、その身体はぶるぶると震え、今にも歌の呪縛を引きちぎりそうだ。 青と緑の光が前後してゴーレムの左右の腕に収束する。魔法による攻撃だ。 「――行っけえ、氷っ!」 「――切り裂けっ!」 アルティアとディア、それぞれの声に応えるように収束した力が解放される。氷と風、それぞれの中級魔法が人形の両腕をがりがりと削り、大量の破片を吹き飛ばす! 魔力を動力とするそれに、同じく魔力を用いた攻撃は絶大な効果を発揮する。 呪縛を破ろうとする力が一瞬弱まる。そこを逃さず、二人の魔道士は深い集中に入っていく。 「――夕月夜 暁闇を貫きて……」 「――開け、紅の扉」 発声による詠唱は集中力を高め、魔法の効果を増幅する代わりに無防備な時間が長引く弊害がある。 だが、相手が大きな隙を見せている今なら長い詠唱が可能になる。 狙いは一つ。 次で仕留める。 「集え……力よ!」 魔道士の詠唱に決まった形式はない。吟遊詩人の呪歌と同じく、それは使い手の意志次第で効果を発揮するのだ。 つまり、術者の数だけ詠唱の形があるのだ。 その形の差か――アルティアの詠唱が、ほんの少し早く完成した。 両腕を広げ、噴き上がる力に髪を舞わせながら彼は最後の言葉を放つ。 「炎に……喰われろっ!」 その一声で、彼の元に集まった”火”の力が形を成した。トスカと出会った森での戦いのときと同じ、但し量は遥かに多い朱金の炎が湧き上がり、アルティアの頭上に結集する。 巨大な炎球が唸りを上げて翔ける。空中を獣のように疾駆しながら、炎は少しずつ少しずつその塊を大きく膨らませていく。 高熱を帯びた光の塊が石人形に激突し、瞬く間にそれは炎に包まれる! 「ディアさん! 追撃を……!」 赤魔道士の方を向いて叫びかけ、アルティアは絶句した。大きな青い瞳がすっと縮まる。 「ディアさん……ディアさんっ! どうしたの!?」 青年は答えない。短剣が地面に落ち、からんと乾いた音を立てた。 アルティアの呼びかけなど聞こえていないかのように、彼は一歩後ずさった。 「う……あっ…………」 また1歩後ずさるその足取りがふらついている。アルティアが駆け寄ろうとしたその時、ゴーレムが歌と炎を一気に振り払った! ふらふらとへたり込んだ絶好の的に向け、人形は岩の剛腕を大きく振りかぶった。 |