|
ゴーレムの無骨な腕が地面にぶち当たる! 砂と小石が舞い上がり、ゴーレムが現れたときと同様に辺り一体が白っぽい砂の色に染まった。 砂の壁の外からそれを見ていたエイルにその中の様子を知る術は無い。じっと目を凝らすが、勿論それで何が見える訳でも無い。 「ディアさんっ! ――リエルさん!」 収まりつつある砂煙の奥からアルティアの声が聞こえる。声というよりは――悲鳴か? 壁が薄くなる。向こう側が見える。三人が見える。 アルティアが立ち尽くしている。両の拳を握り締め、しかしその腕は下げたままだ。 ディアが倒れている。ゴーレムに叩き潰されたかと思ったが、両腕で上半身を支えている――少なくとも、死んではいない。 そして彼に覆い被さるか、或いは突き飛ばしたような格好で、リエルもまた地面に倒れていた。 「リエル……様」 ディアの声が震えている。ゆっくりと身体を起こし、安心させるようにリエルは言った。 「……行く、よ?」 恐らく地面にぶつけた時に砕けたのだろう、左腕が半円形のひびを残して半分になったゴーレムを見据え、彼は袖に付いた砂を払った。 ディアもゆっくりと頷き、剣を拾い上げるとふらつきながらも立ち上がった。 が、何故かリエルは立ち上がる気配が無い。一歩近づき、エイルは首を傾げた。 「……どうしたの?」 「あ、はは……行けると思ったんだけどな! あれ、掠っちゃって……意外と痛いもんだね」 軽い調子で言っているが、本当に立てないらしい。足首を押さえ、リエルは唸った。 新たな目標を見つけ、ゴーレムが残った右腕を振り上げる。無情な一撃が下されようとした刹那、ふたつの声が重なった。 「っ……、――霧の息吹や 吾が刃たれ!」 「――エブ エート エゼールブ ロムラ!」 まだ震えの残る白銀の歌と天を突いて伸びる蒼穹の歌。 同じ意志が同じ一点――否、少しだけぶれた二点に集い、エイルとディアがそれぞれ導いた”風”が重なる! 青みがかった風の刃が反時計回りの渦を巻き、風の盾となってゴーレムの拳を受け止め、押し返す! 烈風に押し流されて岩の腕が真横に投げ出される。魔法の風に削られた砂がばらばらと舞った。 トスカが駆け寄り、手早く癒しの魔法を唱える。礼を言って立ち上がり、リエルは体勢を崩したままのゴーレムを見上げる。 「……借りは返させてもらうよ」 呟き、一瞬低く構える。次の瞬間彼はしなやかな全身をバネに変え、”気”を込められるだけ込めた二連続の膝蹴りを放った。 着地したと同時に襲い来たゴーレムの右腕を軽く後ろに跳んで避け、その一歩を利用して再び跳び上がる。 弧を描いて振り抜かれた蹴りの一撃が魔法で付けられた傷の中心を砕き、さらにひびを広げる! 大きく仰け反り、人形は咆える。勿論岩人形に声帯などある訳が無いが、轟く岩の軋みは確かに咆哮に聞こえた。 頭上めがけて降って来る一撃をあえて回避せず、リエルは軸足に力を導いていく。三秒……二秒……一秒…… 「ちょっ……危ない!」 エイルの声を聞くよりほんの一瞬早く、彼は地面を蹴っていた。直後、重力に任せた一撃が地面にめり込む。 先ほどの傷口からゴーレムの右腕が折れ、地面に置き去りにされている。 背後で少年の呆れたような声が聞こえた。 「もー、心臓に悪いってば。潰される気かと思ったよ」 「平気だよ、今度はちゃんと避けたんだしさ……ところであれ、まだやる気みたいだけど……両足も折らなきゃ駄目なのかな?」 「うげー。あんなのに突撃されるなんてまっぴらごめん!」 今にも突進して来そうに片足で地面を掻いているゴーレムをちらと見、エイルは二本の指で交互に細かなリズムを叩き始めた。 雷鎖の歌が響き、蒼い稲妻が人形を絡め取る! 長い息を吐き出し、エイルは歌の最後に付け加えた。 「――ネスジート」 たったひとつのフレーズで鎖が頷くように跳ねる。幾本もの電流の環は次の瞬間急速に縮まり、腕の無い人形の身体を締め付ける! じりじり、ぎりぎりと不穏な音が響く。それは獲物を仕留めようとする蒼蛇の息遣いか、或いは身動きの取れない石人形の歯軋りか。 エイルは一度目を瞑り、再び開きながら止めを静かに宣告する。 「――オグ」 ゴーレムの全身が砕け散る! 雷鎖が一点に殺到し、岩の身体を容易く砕いたのだ。 集まった一点で球となり、雷は光の指をまだちらつかせている。と思った瞬間、それは腕を伸ばして弾けた。 雷の数百の腕に打たれ、砕けたゴーレムだった岩がたちまち砂になって降り注ぐ。 額を拭い、エイルは呟いた。 「うー……疲れた」 「ナイスファイト。良い仕事だったよ」 リエルにぽんと肩を叩かれ、エイルは首を傾げる。 「んー。クリスタルが気ぃ利かせてくれたんじゃないの? ボク、砂になるまでやれとは言ってないもん」 「ははっ、凄いじゃない。ちょっとやそっとで気を利かせてくれる程、クリスタルに余裕は無い筈だよ?」 「そりゃ凄いね、ボクってば」 投げるように言いながら、エイルは道に空いた大穴を見やった。憎らしくも、それは已然としてぴーぴー餌をねだっているようにしか見えない。 彼の視線に気付き、同業の少年も呟く。 「あぁ……そう言えばあったね、あれ」 「うん。あったんだよ」 潮風が砂を掃き集め、さらさらと穴に流し込んでいる。しかし砂の大部分は道の向こうまで飛ばされ、穴を埋めるには至らない――まあ、当然のことではあるが。 背後から御者と騎士のやり取りが聞こえてくる。……言葉を運んできた風が妙に心地良い。 「……そうだなぁ、これ埋めるには結構な時間が掛かるぜ? 人も要るし土も要る。一週間は通れんな」 「そうか……この道以外に北上する道は無いのか?」 「馬車で通れる道は、残念だが無いな。一応ここからちょっと戻った所に脇道があって、そこから北に行けるみたいだが……山を通ることになるし、お勧めはせんがね」 「ん……」 暫く考え、アレグロは全員を呼び集めた。 「そういう訳なんだが……どうする?」 「どうするもこうするも、お前立ち止まってる暇なんか無い仕事じゃなかったか?」 「まぁ、それはそうなんだが……一応、な」 そう言って彼は全員を見回す。意見を求めているのだ。 「南に戻ってもしばらく動けないんでしょ? それならおっさんの言ってた道を通る方がいいと思うな」 「オイラもそう思います。少しでも早く、クリスタルの真実に近づかなきゃいけないんでしょう?」 トスカが最初に答え、アルティアがそれに同調する。するとエイルは首を振り、 「でも、その道がどこにつながってるかまでは分からないんでしょ? 山を通って、結局また戻るなんてやだよ」 いつもの適当さからは想像出来ないような意見を述べた。どちらかと言えば後半に力が入っていたが。 「それも一理あるね。……まぁ、どっちにせよ途中までは戻ることになるよね?」 「……そうだな。その道とやらを見て考えるか……」 リエルの言葉に頷き、アレグロは決定を下した。御者に向き直り、片手を差し出す。 「……とりあえず、途中まで乗せて行ってもらえるか?」 「途中まで、かい? まぁいいけどな」 馬の手綱を引きながら御者は騎士の手を軽く握り、すぐに放した。二頭立ての馬車を引いてUターンさせる為だ。 馬車に乗り込みながらエイルはアレグロの肩を叩く。振り返った彼に、エイルは囁いた。 「いいの? そんな適当で」 「お前の適当さに染まってきたかな。どのみちここでうじうじ考えてどうにかなる話じゃないだろ」 「……ふぅん」 肩をすくめ、エイルは馬車の入り口の段差を駆け上がる。最後の一段を飛び越え、彼は後ろから聞こえてきたやり取りにふっと振り返った。背中にアルティアの額がこつんとぶつかる。 アルティアが小さく謝って自分を追い越していくのが分かったが、目には入らなかった。 入り口の端に立ち、エイルはそっと外の様子を伺う。話し声の主はディアとリエルの二人だった。 「……リエル様、……僕……」 「平気だよ。それよりディア、まだフラフラしてるじゃないか。ほら、肩貸すからさ……」 片手を差し伸べたリエルの目を悲しげに見つめ、ディアは一歩下がった。 「大丈夫です……ひとりで、歩けますから。……その、申し訳……ありませんでした」 「また謝る。ほら、顔を上げなよ」 その言葉にディアが折っていた身体をおずおずと起こす。一瞬躊躇するような様子を見せた後、彼は目を伏せて重たげに口を開いた。 「あの、リエル様……本当に申し訳ありません…………僕が、このように生まれたばかりに」 「ディア!」 突然の怒鳴り声に、ディアだけでなく立ち聞きしていたエイルの身体までもがびくんと跳ねる。 リエルの色白の頬は紅く染まり、やはり紅みの差した両の拳はきつく握り締められている。 「ディア……聞こえなかったのか!? 謝るんじゃない! ましてやそんなこと、絶対僕に謝るなって言ったのを忘れたのか!? ああやって倒れた後じゃなかったら殴り倒してるところだからな!」 「うっ……ぼ、僕……」 リエルがあんなに感情を昂らせるのを見たのはエイルにとって始めてのことだった。 これまでひと月と少しの間共に過ごして来たが、彼は常に――そして、しばしば年上のアレグロよりも――落ち着き払い、冷静な態度を崩していなかった。 ”謝るな”と怒鳴られた手前頭を下げることも出来ず、ディアが震え声で縮こまるのが見えた。 そこで立ち聞きを止め、エイルは窓際の席に腰を下ろした――アルティアが気を利かせて空けておいてくれたらしい。 「立ち聞きは楽しかったか?」 「ううん、あんまり」 皮肉交じりのアレグロの問いをばさりと振り払い、エイルは視線を窓の外に向けた。今は馬車が南を向いている為、海ではなく丈の高い草の群生が見える。 風にざわざわと草の葉が歌う。反対側の窓から入ってきた風を追いかけるように振り返ると、先ほどの激情など忘れたような微笑を浮かべてリエルが立っていた。 「ただいま」 「あ、うん……お帰り」 さっきのあれは、とは聞けなかった。ぼんやりとそれを聞こうと思っていたはずだが、リエルの紫の瞳を見た途端にその気持ちは崩れていた。 そんなエイルの考えとは関係なくリエルは座席に戻り、促すようにディアの背に触れた。 「ディア……やっぱり、少し休んだ方がいいよ。目を閉じてるだけでもいい。……それから、さっきはごめん」 さっき、とは恐らくあの問答のときのことだろう。ディアが小さく頷き、素直に目を閉じるのが見えた。 鞭の唸る音、そして馬のいななきが聞こえてくる。 馬車の車輪が小石をひとつ乗り越えた。 ☆ ★ ☆ 馬車が出発してから数分。隣のディアがこくんと俯いたのを見、リエルはその肩に一度手をかけた。 「……何やってるの?」 だがまた手を放してしまった彼にトスカが問いかける。リエルは軽く笑うとディアの肩を一度叩いてみせる。 「ん……肩が凝りそうな寝かたしてるだろ? でも、僕にもたせかけとくとまた後で面倒なことになるし」 「あぁ、なるほどねぇ」 エイルに素直に頷かれ、リエルは微苦笑を零した。しかしその表情をすぐに引っ込め、彼は低い声で切り出した。 「……あの、さ。ディアのことなんだけど……」 「ん……どうした?」 「うん……」 アレグロに問われ、彼は一度目を伏せた。ややあって視線を上げ、再び踊り子の少年は口を開く。 「ディア、さ……さっき、急に倒れたろ?」 「あっ……さっきの、ですか?」 「うん。……こいつさ、両親が魔道士で……本人も子供の頃から魔法は上手かったんだ」 車輪の音が沈黙に輪郭を与える。外から聞こえてきた鳥の声を暫く聞いた後、リエルは再び語り始めた。 「でも、何故か火の魔法だけはどうしても扱えなかった。そして、どちらかと言えば火そのものを怖がっていた。……それだけなら、別に大したことじゃなかったかも知れない。けど……」 「……」 「六年前になるかな……事故だったんだ」 |