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若者の腰にへばり付いたまま振り返り、ルーリィは白い歯を見せた。 「ちぃ兄さんのアーツあんちゃんだよ。さっき話したよな?」 「あ、あぁ……うん。なんか……キミだけ、ちょっと違うんだね」 ふたりの姿を見比べてエイルが呟くように声を絞った。 小柄で細身、艶のある紺の髪を短く切ったルーリィと、長身で程よく筋肉質、そして焦げ茶の乾いた髪を伸ばしたアーツ。 唯一同じに見えるのが、深く輝く吊り気味の瑠璃の瞳だ。族長と言いセシルと言い、この町の人間は皆この目を持っているのだろうか。 兄妹は全く同時に瞬いてエイルを見つめる。ややあって、兄の方が口を開いた。 「ん、見た目……か?」 「うん」 短く頷き、エイルは改めてルーリィに視線を移す。 ルーリィはようやくアーツから離れ、耳の後ろを指で掻く。 「そんなに似てないかね。まぁそりゃあ、兄さん方は確かに美形だよ? 美形だけどサ」 「いやぁ、兄貴は美形っつうよりはむしろ女……」 「アーツ、誰が何だって?」 いつの間にかアーツの背後にセシルが立っていた。穏やかな顔に浮かべた笑みが何故かどす黒い。 その声に勢い良く振り返り、次の瞬間アーツはひっくり返りそうな程にのけぞった。 「う、うわぁぁ兄貴っ!? いいいつの間にっ!」 「なかなか戻ってこないから見に来たらこれだ……全く、お前なぁ」 深い深い溜息をつき、セシルはエイルに視線を移す。 「すみません、いつまでも玄関で……どうぞお上がり下さい」 「あ、うん……えっと、お構いなく……?」 強張った口で何とかそう言ってエイルは家に上がる。彼の頭を荒っぽく撫でる手があった。アーツだ。 彼はルーリィと同じ笑顔を顔一杯に浮かべ、気さくな調子で言った。 「そうかしこまんなよ、少年! お堅いのは兄貴ひとりで充分……」 「アーツ!」 兄に怒鳴られ、アーツはすごすごと退散する。彼の後に付いていったルーリィに、エイルは思わず呼びかけていた。 「ル、ルーリィ!」 「何だよー!」 振り返った瞳はやはり強い。怒りも悲しみも映っていない目になぜか射すくめられ、エイルは首を横に振った。 「う、ううん。何でもないや」 「ちぇーだ、何だよー。行っちまうかんナ!」 言いながらばたばたと彼女は扉の向こうの部屋に消える。 その背中を呆然と見送るエイルの瞳を覗き、セシルが柔らかに問うた。先ほど弟に見せた怒気は完全に消し飛んでいる。 「どうしました?」 「あ、いや、ううん……えっと」 しばらく迷っていたが、セシルの青い目を見て心を決めた。 彼になら、きっと言っても大丈夫だ。 深く息を吸い、エイルは冗談のように笑って言った。 「ルーリィも、可愛いと思うけどなぁ」 それを聞いてセシルがふっと息をつく。 微笑み、彼は同じく冗談めかして返してくる。 「……本人に言ったら殴られますよ」 「なーるほど。言えなくなって良かったよ、それじゃ」 「男兄弟の下で育ったものですから、あんな性格で……どうも女の子扱いされるのを嫌がるんですよね」 「へーえ」 意外そうに言いながら表情では納得している少年に、セシルはもう一度ふわりと微笑んだ。 弟妹の潜った扉を髪をなびかせて振り返り、彼は片手を胸に当てて優しく告げる。 「食堂に皆さんは集まっておられます。こちらからどうぞ」 ☆ ★ ☆ 急ごしらえと思しき木組みの大テーブルの周りに、地下室で見た覚えのある椅子が並べられていた。 そこに仲間の面々がそれぞれ掛けている。アルティアがぱっと顔を輝かせ、片手を挙げた。 「あ、お帰り!」 「んー、ただいまー」 大きく背伸びをしながら答え、エイルは彼の隣に腰を下ろす。 不意にアルティアの細い指が髪の間に入る。何かと思って振り返ると、彼はエイルの頭に付いていたエメラルドグリーンの葉をつまみ上げていた。 エイルの目の前でそれを左右に振ってアルティアは無邪気に笑う。 「一緒だね、ルーリィさんと」 「ん? え、あぁ、そだね」 上ずった声で言いながらエイルは振り返ってルーリィの姿を探す。彼女はキッチンに立つセシルに狩りの獲物を袋ごと投げ渡したところだった。 片手でそれを受け止めながらの兄の小言をやはり軽くかわして、ルーリィは彼らの元にやって来た。 最後の一歩を両足の軽いジャンプで止め、彼女は後ろに腕を組んだ。 「やっほぅ。あと半刻ばかしで最初の晩餐だってよ」 「あ、うん、……分かりました」 そう言いながらアルティアは肘を引き、エイルの脇腹を軽くつつく。 エイルはぼんやりとルーリィの顎の辺りを見つめていたのだが、その感触にはっと瞬いた。 慌てて首を振り、訳も分からずに適当なことを言う。 「あ、うんうん。分かったよ、オッケーオッケー」 「……分かってねえだろ、お前」 エイルの瞳をじっとりと見ながらルーリィが冷たく返す。 「見えるっつったろが。その位は何もせんでもお見通しよ」 「は、はぁ……ごめん」 苦笑交じりに謝るエイルにすぐににやりと笑い、彼女は手を叩く。 「いいってことよ。あたしもよく兄貴におんなじことで怒られっからサ」 「ルーリィが?」 「うん。”もっと周りを見なさい”って。おかしいよナ、いらんことはいっぱい見えんのに」 寂しげに笑って彼女は斜め下に視線を落とす。 先ほどまでずっと見ていた彼女とは違いすぎるその表情がどうにも受け入れられず、エイルは無理矢理別の話題を捻り出した。 指を立て、彼は務めて明るく切り出す。 「そう言えばさ、ルーリィ。キミ、いっつも狩りに出てるの?」 「ん? あ、あぁ、まぁナ……それがどうした?」 驚いたように顔を上げ、ルーリィが首を傾げる。瞳を丸くした彼女の顔にはもうあの寂しさは見て取れない。 「狩り、って普通弓とか使わない?」 その言葉に、なんだそういう事かとルーリィが呟く。 得物の名を聞きつけたのか、奥の椅子からクレハがひょいと顔を覗かせた。 ――覗かせただけで、特にそれ以上の反応は無かったのだが。 「あぁ、初めはあたしもそうしてたんだが……弓、下手くそなんだよナ」 「……え?」 瞼が上下に大きく開くのが自分でも分かる。この身軽な少女なら、弓など難なく扱いそうなものなのだが―― エイルのその反応が不満だったらしく、軽く頬を膨らませて彼女は怒る。 「何だよ、そんな意外そうな顔すんなよー! いいだろ、苦手だって!」 「あ、あはは……ごめんごめん……」 「全く……この野郎は全く!」 ふいとそっぽを向き、ルーリィは腰に下げたチャクラムを指で弾いた。 鈍く高い音が響き、清浄な空気をぴりりと揺らす。 その向こうで、騎士が唖然とした顔で向かいの少年を見つめていた。 黙々と階下から持ち出してきた本を読み進めているリエルの真後ろに立つトスカをじっと見、アレグロは恐る恐る口を開く。 「……なぁ、トスカ。……何をしているのか、聞いてもいいか?」 トスカは顔を上げると至極楽しげに碧玉の瞳を細めた。 その手前に座るリエルも顔を上げ、諦め半分といった調子で苦笑してみせた。 「……見ての通り、いいようにいじくられてるよ」 細くさらさらとした蒼い髪は器用に結われ、編み込まれている。 トスカはまっすぐ前を見て軽く胸を張り、自信満々に騎士を見て言った。 「どう? なかなか器用なもんでしょ」 「……お前な、そういう事は自分の髪でやれ。そいつ、男だろ」 溜息交じりのアレグロの声にやーよ、と首を振り、トスカは自分の金髪に指を差して梳いた。 「だって、リエルの方があたしよりよっぽど綺麗な髪してるんだもん。あたしの髪なんか油と潮風でバサバサよ」 「しかしなぁ……」 「いいんだよ」 なおも何か言いたげなアレグロを手で制しながら、リエルは読んでいた本をぱたんと閉じた。 左手で髪の編み目をなぞり、彼はほっそりと整った眉の端を僅かに下げて笑う。 「好きにさせておけばいいよ。僕、そんなに迷惑だと思ってないからさ」 「……だ、そうよ」 にっこりと勝利の笑みを浮かべてトスカが言い放つ。 もう一度溜息をついてコーヒーカップを傾けるアレグロに止めとばかりにウィンクしてから、彼女はまだ手をつけていなかったリエルの前髪に触れる。 「でも、本当に綺麗な髪の毛よね。あたしも一応、女の子だからさぁ……ちょっとだけ、羨ましいかも」 「はは、ありがとう。仕事柄、ね」 トスカの手をやんわりと退けながらリエルは振り返って微笑む。払ったはずの手が背中越しに伸びて皿に乗った野苺をつまむのを目の端で見、彼はまたくすくすと笑う。 くるりと目を開いて首を傾げ、トスカは木苺を飲み込んだ。 と、その瞳が何かを思いついたようにきらりと輝いた。 リエルの隣でおろおろと一部始終を見守っていた銀髪の従者にその視線を向け、彼女は屈託の無い笑みと共に彼の後ろ髪を纏める紐をするりと解いてしまった。意外なほどに広く、ばさりと髪がディアの背に広がった。 「ね、あんたも! ちょっと可愛くしてあげるわよ」 「え……あの、いえ……僕……」 顔を赤く染め、目で助けを求めてくるディアをリエルはトスカと同じ笑みを浮かべて突き放す。 「いいじゃないか、似合うと思うよ?」 そのひと言に呻き、ディアは俯いて頭を抱え込む。 きゃらきゃらと笑いながらトスカは彼の髪に指を通した。 「さて、許可も頂いちゃったことだし……思いっきり行くわよ?」 「う、うぅ…………ひゃ!?」 白魔道士の指が髪の中をすっと通って背中に触れたその瞬間、びくんとディアの身体が跳ね上がる。 流石にトスカも驚いたらしく、彼の顔を覗き込んで揺れる声で問いかけた。 「ご、ごめん……何か悪いことしちゃった?」 「う、いえ……大丈夫、です……」 答える声は明らかに震えている。やれやれと息をつき、リエルが彼の従者を見やる。 「背中から触られるの、苦手なんだよね?」 その問いにディアが浅く頷く。 「あらら、そりゃごめんね……じゃ、改めて」 「あ、うぅ……」 頭に手をやり、トスカが謝罪する。ディアがほっと息をつきかけたのも束の間、すぐに彼女の手は髪の間に割り込んできた。 結局長い髪をいじくられる事からは逃れられず、ディアは耳まで赤くなりながら情けなく唸った。 奥の方から料理の焼ける匂いが漂ってくる。肉と、パイ生地だろうか。 窓の外を見ると、太陽は遠い地平線の底に姿を消していた。 |