第3話〜焔の導師



 かつては、この町は生きていたのだろう。立ち並ぶ家々の屋根は日の光に輝き、風はあくまで澄んだ流れを生み、子供たちは歓声を上げて走り回る。
 ごく平凡な、生きている町。
 平凡な平和は、力の枯渇と共に枯れ果てた。
 賊が徒党を組み、武器を手に町を襲って全てを奪ってゆく。金品だけが全てではない。
 夢、家族、希望。町の活気の源までもが根こそぎ奪われた。そんな町がいくつも見られるようになったのは、何時からか――


「……町が泣いてるね」

 見回し、エイルは呟いた。彼の言う通り、通りを吹き抜ける風は乾ききっている。風に砂埃が舞い上がった。
 今も人が住んでいるらしく、ちらほらと見つかる店にはいくつかの品が手書きの値札と共に並んでいる。……もっとも、品数は決して多いとは言えないが。
 その商品たちさえもが、どんよりと死んだような色をしていた。

「泣いている、か。……そう言えば、お前詩人だったな」

 その比喩を自分でも呟き、アレグロは思い出したように言った。気のせいか、その声は微かに皮肉を含んでいるように響く。
 エイルはぱちぱちと瞬きし、アレグロの顔を見上げた。

「詩人だよ〜? 他の何に見える?」
「アホ歌歌い」

 即答したアレグロの目は、遠く空の向こうを眺めていた。
 ”アホ歌歌い”はむっと唇を尖らせたが、すぐに普通の顔に戻ってまたきょろきょろと辺りを見回し出した。その動作が、どことなく小鳥に似て微笑ましい。……残念ながら、この一行の中に微笑むものはいなかったが。
 まだ日は高いというのに、通りに人影は無い。明るい日光が暗く淀んだ空気を強調していた。

「略奪続きってとこか……領主は何やってんだか」

 クレハのもっともな疑問に、アレグロは深く頷いた。が――

「まさか軍隊総出でコサックダンス大会の予行とかやってんじゃないだろうなぁ……」
「…………何処の軍隊だ。それは。って言うか予行ってことは本番もやるのかよ」
「何言ってる、本番のない予行はないだろ」

 さらりと帰ってきた至極当たり前の答え。アレグロはこめかみに震える手をやり、裏拳を隣の弓使いに打ち込みたい気持ちを抑えるのに全力を集中した。
 そりゃそうだ! だが……だが…………! 全員で領民放置して踊ってる軍って何なんだ!!!
 ぴくぴくと唇を引きつらせ、アレグロは喉元まで出かかった声を呑み込んだ。……それは、青汁の味がした。


 ☆ ★ ☆


 町の裏路地。そこに光はなかった。その突き当たりに、体格のいい――人相は悪い――若い男が数人。何かを追い詰めたように立っている。
 その中の一人が、舐め上げるような声を出す。

「よぉ、坊や。俺たちに何か用? 用かい?」
「なーにこっち見てたのかなー?」

 もう一人の声に全員がゲラゲラと笑う。ゴミ箱をひっくり返したような声、とでも言おうか。とにかく「雑」という言葉がいちばんしっくりくる、そんな笑い声だ。
 彼らに向かい合ったいたのは、十代前半ほどの少年だった。小柄で痩せ型。とても若者たちに立ち向かえる体格ではない。
 少年は大きな瞳を揺らし、声の震えを必死で押さえながら答えた。

「よ……用なんかないやい! べっ、別にちょっと目があっただけ……じゃ……」

 声は急速にしぼんでいった。若い男の一人がにやけながら少年を見下ろす。彼は少年の短い赤毛をぐりぐりと荒っぽく撫で回し、口元をさらに吊り上げた。

「そうかぁ、用なんかないかぁ。……」

 空気が揺らぐ。次の瞬間、若者たちのだらけた空気は唐突に質を変えた。相変わらずがさがさとしているが、それはひどく冷たい。

「お兄さんたち、用の無い人にガンつけられると困るんだよね〜……」
「くれる物くれるなら、見逃してあげてもいいかな〜、とか思うけど……」

 少年は俯いたまま一歩下がる。彼を受け止めたのは、冷たいブロック塀だった。
 もう駄目だ、と思った瞬間、脳裏にひとりの少年が現れた。いつも一緒にいてくれた、よく笑う明るい兄貴分。
 彼の歌ってくれた歌を思い出したそのとき。  少年は、懐かしい声を聞いた。


「ねーねー、お兄さんたちっ! そこで何やってるのー?」

 この場の空気を全く読み取っていないような、能天気な明るい声。  一斉に振り返った若者たちが見たのは――両手を口の脇に当てて無邪気に叫ぶ空色の髪の少年、彼の口を塞ごうとする鎧の青年、そしてその後ろでぼんやりと自分たちを眺めている妙な刺青の青年だった。


 一瞬の間を置き、濁音だらけの馬鹿笑いが弾けた。


「ボク、それ本気で言ってるの? お兄さんたちが何してるか見て分かんないー?」
「うんっ、全然! お兄さんたちが寄ってたかって弱いものいじめしてるとか全然分かんないよ〜っ!!」

 ヘラヘラと笑う彼らの顔に、はっきりと赤く怒りが浮かぶ。

「……おいガキ。なめんじゃないぞ、あぁん?」
「お兄さんたちはな、気が短いんだぞ?」

 顎を上げ、拳をパキパキと鳴らし、若者たちがエイルににじり寄る。当のエイルは、無邪気な笑みを浮かべたまま立っている。
 ひとりがその拳を勢い良く振り上げる! アレグロが飛び出してそれを受け止めるより早く、高い声が響いた。

「燃えろおぉっ!!」

 反射的に、アレグロはエイルを捕まえて跳び退いた。瞬間、拳を振り上げた若者の真後ろで炎が弾ける!
 彼は地面に倒れこみ、背中の火を消そうとのた打ち回る。その仲間は一斉に振り向き、ファイアを放った彼の顔をじろじろと眺めた。

「おい、このガキ黒魔術師かよ……」
「やばいぜ、焼き殺されちまう…………」
「……ずらかろうぜ!」

 ばたばたと、最後までやかましく彼らは去って行った。


 エイルは彼らの去った方向をしばらく眺めていたが、やがて少年に歩み寄った。

「やぁ、大丈夫だった?」

 春風のような優しい調子で彼は言った。その彼の顔を涙目で見つめ、少年は叫んだ。

「あ……え、エイルぅぅぅ! 会いたかったぁーっ!!」

 少年に泣きつかれ、エイルは困惑顔になる。彼の頭をぽんぽんと叩きながら、

「え、え〜っとぉ……キミ、誰?」

 その言葉に、少年は泣き声でさらに叫んだ。

「お……オイラのこと忘れちゃったのーっ!!?」

 恐らくは名前を叫んだのだろう。しかし、それは涙と嗚咽にすべてかき消された。
 エイルは参ったなぁ、と苦笑して少年に手を振ってみせた。

「うーそ、冗談だってばぁ。久しぶりだねー、アル! 施設が潰れて以来だよねー、じゃあ二年ぶりに……」

 そこから先は、アルと呼ばれた少年の泣き声にまとめて吹き飛ばされた。


 ☆ ★ ☆


 彼がようやく泣き止むのを待って、クレハは口を開いた。かれこれ5分は待っただろうか。

「えーっと、そこさ。2人っきりで盛り上がられても、俺たちには何が何だか……」
「あー、ゴメンゴメン。アルはボクの友達だよー。ねっ?」

 言って、エイルは少年を振り返る。少年は怯えたような表情を浮かべて彼の背中に隠れていた。
 そんな彼の背中をぽんと叩き、エイルは続けた。

「ホントはアルティアっていうんだけどねー、長いからボクはアルって呼んでたって訳」

 エイルが言うと、アルティアは少しだけ顔を覗かせてこくんと頷いた。少年らしい大きな蒼い目の周りが赤く腫れている。
 彼を怖がらせないように口調を柔らかめにして、アレグロはふっと浮かんだ疑問を口にした。

「エイル、施設……と言ったな。どういうことだ?」
「人には誰にでも触れられたくないことがあるんだよ」

 言って、エイルは肩をすくめる。それなら仕方ないか、と諦めてアレグロが謝ろうとしたとき。

「でも、これは別に触れられてもいいから教えたげるー」
「…………」

 アレグロは、振り上げそうになった拳を理性で無理矢理引きずり下ろした。


 ☆ ★ ☆


「……ほう……」
「じゃあ、2人とも天涯孤独の身って訳か……」

 話を聞き終え、アレグロとクレハは同時に頷いた。

 エイルは物心付いた頃には地方の孤児院に居たという。度重なる戦のために荒れた環境ではあったが、それでも生活はできていた。
 アルティアの方は戦争で家族を亡くしており、五年前に――エイルは”ボクが十歳のとき”と語った――エイルの孤児院に引き取られたという。
 臆病で人見知りの激しい彼は、他の子供たちともろくに話せずにひとりで泣いてばかりいたという。そんな所に声をかけてきたのがエイルだった。

 初めこそ怖がられていたが、エイルの明るい性格と奇妙な歌が彼の心を徐々に開かせた。そして、いつの間にか兄弟のように一緒に行動するようになっていたともエイルは笑って語った。

「まぁ、そうとも言うねぇ。でも、孤独じゃないよ。ボクは詩人として旅して、いろんな人に会ったから」

 ひとりの家族も持たない少年だが、その笑顔は大空よりもすっきりと眩しい。

「……じゃあ、やっぱりエイルは詩人になったんだね? ……すごいや」

 アルティアが、自分より少し高い位置にある兄貴分の笑顔を見上げる。深海の瞳は、尊敬の光にきらきらと輝いている。
 彼の輝く笑顔ににっこりと笑って応えるエイルに、アレグロは苦笑いを浮かべて小さくため息をついた。

「……詩人…………まぁ、詩人か……? 一応……」
「何言ってんのアレグロー。誰がどう見ても詩人でしょー?」

 にこにこと笑い、さも当然のようにエイルは顎を上げた。――その視線の先には、視線を逸らしながら細長いため息をついている騎士がいた。
「…………何てーか、いやもう……もう、いい……」

 アレグロの見せた笑みは、まぎれもなく諦観の笑みだった。

「そこにタマネギ〜ここに長ネギ〜ふわふわ白髪ネギの大群〜♪」
「…………詩人?」

 嬉しそうに歌いだした少年を見て、クレハは小さく目の端を上げた。……流石に彼もこの歌にはついていけないということか。
 エイルは適当に歌を切り、振り返ってアルティアに問うた。

「どうだった?」

 アルティアは涙を拭うのも忘れてぽかんとしていたが、すぐに満面の笑みで答えた。

「う……うん。相変わらず、面白い! オイラ、エイルが変わっちゃったんじゃないかって思ってたけど……!」
「えへへーっ……」

 弟分の頭を撫でくりながら得意げな笑みを浮かべ、エイルは年上の戦士ふたりをにぃっと見上げた。

「…………なぁアレグロ。あれ一体何が言いたいんだ? 晩飯は玉葱と長葱と白髪葱の大盛り希望……とか?」
「いや……葱は違うだろ……。……それから、エイル。俺は前言撤回しないからな」

 しないを強調してアレグロが言うと、エイルは「ちぇっ」と頬を膨らませた。


 ☆ ★ ☆


「じゃあ、アル。ボクたち、行くところがあるから」

 言ってエイルが背を向けると、アルティアは顔一杯に不安の色を浮かべて彼にしがみついた。

「行っちゃうの? どこに? すぐ会える?」
「すぐは無理だねー。でっかいことやってる訳だし」
「そんなぁ……オイラ、施設が無くなってみんな散り散りになって、2年間ずっと寂しかったのに……また、ひとりなんて嫌だよぅ……」

 目に涙をためてアルティアが訴える。が、エイルは微笑んだまま言った。

「そっかぁ……でもねぇ。ボクたちの旅、色々と怖い目見てもおかしくないしねぇ」

 怖い、と聞かされ、アルティアが一歩後ずさる。エイルと一緒に居たいが、怖いのは嫌だ――と、その瞳の揺れが言っている。
 そんな彼を見て、アレグロはなるべく優しい表情と口調を心がけながら語りかけた。

「いいか、俺たちは言わば大陸の滅亡に立ち向かっているんだ。一緒に来るのは君の自由だが、並みの覚悟ではついて来れない。分かるかい?」

 こくん、とアルティアが頷く。が、まだその目には迷いの色が濃い。

「君は黒魔道士なんだよな? 戦力が増えれば、こちらとしても心強い。エイルも口ではああ言っているが、本当は君に来て欲しい……はずだ。多分……いやきっと……」

 能天気に指でリズムを取りながら我関せずといった調子で歌っている――ご丁寧に踊りつきで――詩人を見て、アレグロの語調から次第に自信が消えていった。丁度、風船から空気が抜けるように。
 アルティアはおどおどと夕焼け色の騎士を見ていたが、一度ぎゅっと目を閉じると一気に言った。

「エ……エイルっ! やっぱり、オイラ行く! もうひとりは嫌だ! ちょっと怖いけど、でも、オイラ……一緒に行きたい!」

 エイルは踊っている途中の妙なポーズのまま振り返り、しばしばと瞬きした。

「あ……そーお? じゃあ、一緒に行こっか。ボクは別に反対しないよー?」

 言い終えた瞬間、エイルはアルティアに飛びつかれてまともにバランスを崩し――背中からひっくり返った。
 ……しばらく少年の嬉し泣きが止まらなかったのは、言うまでもない。


「あ、そう言えば聞いていなかったが……クレハ、お前は……」
「あぁ、あの子のことか? 別に構わないぞ」

 あっさりと答え、クレハは続けた。

「別にあの子、荷造り用の箱を人に被せて楽しむようなタイプじゃないだろ?」
「…………どんなタイプだ、それは」

 ぐらりと傾きかけた頭を片手で抱え、アレグロは力なくもう片方の手でクレハの肩を叩いた。



←2 →4


inserted by FC2 system