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ウォルギフ領を抜けようかというところに、それは存在した。 かつては恐らく村だったのであろう廃墟。それらは皆ことごとく崩れ、焼け焦げ、無残な姿を晒している。 立ち止まって瓦礫を指でなぞり、クレハは呟いた。 「これは……打ち壊された、とか火かけられたって感じじゃないな。何か、爆発したような……ってことは、魔法か?」 「爆発……と言うと、随分と高度な魔法なんじゃない? 今どきそれだけの力を使える奴はあっちにだってそう居ないけど……」 顎に手をやり、リエルが頷く。彼の言う通り、爆発は炎に属する魔法の中でも殆ど最高位に位置する攻撃だ。それはクリスタルの”火”の力を最大限に引き出し、なおかつ”風”の属性を持つ力との調和を経てようやく術式が完成するのだ。並みの黒魔道士では修得すらままならない――クリスタルが力を失いつつある現在は、余計に。 「え? どっちって?」 「あー、気にしないで。あっちはあっちさ、もうちょっと空に近い方」 すかさず突っ込んだエイルに対してはぐらかすように手を振る。振り返り、彼は従者に囁いた。 「……だよ、ね?」 「……ええ。…………」 答え、俯いたディアの肩にリエルはそっと手を置いた。厚いマントの下の従者の肩は、見た目よりもか細い。 一瞬の沈黙を挟んで彼は元気良く顔を上げた。 「って、気にしてても仕方ないよ、そうだろ? 僕らは進まないと!」 「……そうかもな」 ☆ ★ ☆ 「あーもー、だーめだぁ……んもー、どうしてこうクリスタルがどんどん弱ってくかなー」 手の中でドライバーをくるりと回し、額を拭って少女はそうこぼした。 彼女が南方出身であることを物語る浅黒い肌に、余り手入れされていないらしい金色の髪がヘアバンド越しにいく筋かつんつんと零れている。 「ねえイルザ、頼むってば動いてよお願いだから! こんな山ん中で墜ちるなんてあんたらしくな……」 言いかけ、彼女は顔を上げた。 そのエメラルドの瞳に映ったのは、漆黒の鎧で全身を覆った二メートルはあろうかという影。 「……ちょっと……こんなの協会でも聞いてないんだけど?」 ☆ ★ ☆ 「聞ーこえるー、遠いあっちの声がぁ〜、右斜め前ら辺〜♪」 「……」 もはや突っ込む気力も無くしたアレグロに、こっそりとリエルが耳打ちしてきた。 「……いつもこう?」 「認めたくないがいつもこうだ」 「ふーん……ま、いいんじゃない? 結構面白いしさ」 「どこがだ」 判んない? と首を傾げたリエルにただ分からんと返し、アレグロはため息をついた。 と、軽く肩を叩かれる。振り返ると、クレハが珍しく鋭い顔でこちらを見ていた。 「あー……で、何だ? ちなみに右はナイフとかペンとか持つほうの手で合ってんぞ」 「いやそれは知ってる。俺が言いたいのは本当に聞こえるってことだ」 「何だ? 右斜め前か? そりゃこの鬱蒼も鬱蒼、どっから光が入れるのか分からん森じゃ色々住んでてもおかしくないだろうよ」 「いや、どっちかってーと左かな……」 「って言うか、人が刃物で戦ってるとしか思えないけどー?」 突然歌をやめ、エイルが話に割り込んでくる。しかし、それらしき音は全く聞こえない。 片目を細めたアレグロに、アルティアが遠慮がちに言った。 「あの……行ってみるべきじゃ、ないかな……エイルって、すっごく耳がいいから……」 「さっすが、アルー。そうそう、行って損はしないかどうか分かんないけど、とりあえず気になるじゃん?」 「行くのは承知したがその訳の分からん動機は何だおいこら……おい! 待てっての!」 アレグロが言い終えた頃には、既にエイルの姿は遠ざかっていた。 「ったく、あのアホ歌歌い! どうして戦えないくせに戦いの音がする方に突っ込んで……」 「あ、アレグロ」 「何だ」 「さっきお前ペン持つ手が右って言ったろ? 俺一応どっちでも持てるんだが、その場合右の定義はお前としてはどうなんだ?」 「……自分が右だと思うほう、でどうなんだ?」 ぐっ、と奥歯を噛みしめ、彼はクレハの方を見もせずに答えた。 ☆ ★ ☆ 「脛、小手ぇっ!」 鎧の外脛と手首に当たる部位を続けざまに打ち、少女は大きく跳び退った。その細い両の手で、彼女の身体よりも長い柄を持つ刀――薙刀をしっかと構えている。 人間相手なら確実に勝てているはずの有効打突の感触。しかしこの相手はそれに何の反応も示すことなく黒い拳を振り下ろしてきた。 斜め後ろにそれをかわしつつ薙刀を八相に構え、殆ど同時にまっすぐ体を前に出す! 「面面脛ーっ!」 右の側面を打つと同時に石突を押すようにして薙刀を持ち替え、反対の側面に刃部を打ち込む。同じ要領でさらに脛を打ち、もう一度大きく摺り足で後ろに下がる。 「あーもー、ったく! 何なのよどいつもこいつも!」 「全くだな!」 「!」 少女に同意の言葉をかけ――どいつもこいつも、が誰のことかはともかく――アレグロは飛び込み、剣を脇に構えた。 同時にエイルの歌声とクレハの詠唱が重なり、紅色の光が彼の中に収束する! 「だぁっ!」 発声に呼応するように剣が強く輝く。大きく横薙ぎに振るわれた刃が、鎧の左手首から先を斬り飛ばした。 「嘘……」 呆然と少女が呟く。それは彼らの力に対してか、はたまた鎧の敵に対してか。 切り落とされた手首から見える鎧の中を満たしていたものは、虚無。 だが、その正体を考えている場合ではない。そんなことを考えている間があれば、こいつに叩き潰されてしまうだろう。 リエルが強く地を蹴る。それに合わせるように、ディアが静かに口を開いた。 「――闇裂きて 空駆けるべしあめの閃 もろともに打ち灰残るまじ」 その歌に反応し、”風”の気が細かく激しく振動を起こす! それは紫電としてここに姿を成し、糸を引くようにリエルの構えた手に纏わり付く。 「……せいっ!」 リエルの掌底で気が弾ける! びりびりと低く鳴いていた雷が裂けるような音を立てて炸裂した。 雷電の網に全身を絡め取られ、鎧が大きく仰け反る。そこに勝機を見つけ、少女は薙刀を脇構えにして気を押し出した。 「突きぃっ!」 石突に飾り付けられた赤い宝玉が鎧の腹部を直撃する。人間でいうところの丹田――巡る気の源、武道家や魔術師にとっての急所の中の急所だ。 この敵にとってもそこは急所だったらしい。後ろに二、三歩大きくよろめき、鎧は大きく体勢を崩した。 そこへ再び紅に輝く剣を携えたアレグロが突進する! 彼が長剣を振り上げるのと、相手が反撃の体勢を整えたのは同時だった。 先制したのはアレグロだった。彼は鎧の残る手首を斬り落とし、その勢いでさらに胴に剣を打ちつけ―― 「がっ……!」 剣が地に落ちる。重い騎士の鎧を纏った身体が宙を舞い、背中から着地した。厚い胸当てが大きくへこみ、いびつな形に変わっている。 「だ、大丈夫ですか!? 一体何が――」 「……蹴られた。……気をつけろ。結構、効く……」 仰向けに倒れたまま、彼は駆け寄ったアルティアにそう答えた。鎧のお陰で何とか生きてはいるが、生身のクレハやリエルではそうは行かないだろう。もちろん、あの少女も。 と、そこにエイルの声が飛ぶ。 「アル! ボクが手伝うから……って言うか、危ない!」 「え? う、うわっ!?」 顔を上げたアルティアの目に、巨大な敵がさらに大きく映った。斬り落とされた両の手首をこちらに向け、耳障りな音を立てて光の弾をその中できりきりと回している。 撃つ気だ。 当たれば恐らく跡形なく消し飛ばされる。しかし、目の前のアレグロを見捨てるわけにはいかない。それ以前に、自分の身体能力では―― 悔しくて怖くて、目の奥が痛み出す。涙が零れ落ちようとした、その時。 「――イェ、ウォイ、ポッツ、ポッツ、エトゥニム ア ティアウ!」 エイルも相当に焦っていたのだろう、かなり急き込んだ調子の歌が響いた。 ぴし、と音がしたかも知れない。一瞬の静寂に誰もが縛られた。 アルティアが恐る恐る顔を上げると、漆黒の鎧は歌に時を止められて動けずにいた。 我に返り、漂うクリスタルの力に急いで呼びかける。自らの扉を開き、魔力をもって”火”だけを導いてやる。 ただそこに浮かんで漂っていただけの”火”の力がアルティアの呼びかけに応えて彼の周囲を巡り始める。 (お願い、早く……早く!) あいつが時を取り戻す前に。でないとやられてしまう。 ”火”は彼の望みに応えんとばかり、足元の地面に朱色の魔法陣を描き出した。クリスタルからの、充分な力を貸し与えたという合図。 その合図を認め、アルティアは声を限りに叫んだ。 「行っけえぇーっ!!」 振りかざした手に魔法陣から噴き上がる光が収束し、そこから巨大な朱色の炎が獲物に肉迫する鷹の勢いを持って錐揉み回転しつつ飛ぶ! 咆哮にも似た轟音が森に響き渡った。 炎の上位魔法・ファイガ。その直撃を受け、蒸発するような音を立てて――それは、黒い霧となって消えた。 「や……った……」 呟き、気が抜けたようにアルティアはへたり込んだ。ぽん、と肩を叩かれ、顔を上げる。……エイルだ。 「ナイスファイト〜」 「あっ……エイルぅ……オイラ、……もう、駄目かと思ったよぉ……うあぁぁ……」 「うんうん。そこはボクのお陰っしょ?」 「うん……そうだよ……うん……」 溢れるままに涙を流しているアルティアに目をやり、いい加減寝たままでも居られないなとアレグロは起き上がろうとした。が―― 「ぐぅっ……!」 ひしゃげた鎧に締め付けられる胸に強烈な痛みが走った。あばらの一本や二本は折られたのかも知れない――と言うか、折られたのだろう。 思わず顔を顰めると、その真上から金髪の少女が覗き込んできた。 「うっわ、騎士さん結構痛い目見たのねー……ちょっと、無理に動かないでよ?」 「な……何を……」 動くなと言われても、この身体で動いたら傷を深めるだけだ。突然跪いた少女に不安のようなものを感じながらも、彼は大人しく倒れているしかなかった。 「行くわよ……」 呟いた彼女の周囲に淡い黄緑の光が煙のように立ち上る。そよ風のような音が聞こえたと思った瞬間、変化が起こった。 光が急に強まり、鈴の音によく似た音を立ててアレグロの全身を包む。 その現象がおさまったのを確認し、少女はぱんぱんと払うように手を叩いた。 「はい、おしまい。それでなんとかなったはずだから……もういいわよ、寝てなくても?」 言われるがままに身を起こす。と、先ほどまでの痛みが嘘のように消えていた。 「これは……」 「へえ……ケアル、か。君、白魔法なんて使えるんだ?」 「当ったり前よ。アディータ白魔道士協会認定2級魔道士・トスカさんがケアルも使えなくてどうすんのよ」 「……そっちが本業、って訳か」 「そ」 クレハに片目をつぶってみせた彼女の白い服の裾をよく見てみれば、確かに赤い三角形の縁取りが見える。ただし、それは膝の丈まで折り上げられて殆ど見えないまでになっていたが。 それにしても、彼女はぱっと見ではとても白魔道士には見えない服装をしている。膝まで折り上げてしまっている裾はもとより、そのローブのあちこちに付けられた白い革の飾りベルトと言い、同じく白い革のロングブーツにあてがわれた鉄の補強と言い、「癒し手」のイメージにはほど遠い。 そんな彼女に向かい、もはや邪魔なだけになってしまった鎧を脱ぎ捨てながらアレグロは問いかけた。 「……で、その白魔道士がどうしてまたこんな森のど真ん中で薙刀振り回しているんだ?」 「うん、まぁね……ちょっと試験的に飛ばしてたんだけど、やっぱ墜ちちゃって」 「……何を飛ばしてたって?」 「飛空艇」 さらりと答えたトスカに全員が目を丸くする。飛空艇と言えば文字通り空飛ぶ舟。そんなものを飛ばすことができた時代などとっくに終わっているはずだ。 「な……そんなものがまだ飛ばせる訳ないだろ? 国同士が大っぴらに争ってた頃ならまだしも……」 「あんなポンコツどもと一緒にしないで。メンテの差よ、メンテの」 「メンテって……君、一体どこからそんな技術……」 疑わしげな表情を浮かべるリエルを一瞬きっと睨み、トスカは懐かしげに言った。 「じっちゃんの直伝。あたしのじっちゃんは凄腕の飛空艇技師でさ。あっちゃこっちゃからスカウトされたんだけど、全部つっぱねて……」 「何でまた? いい稼ぎできそうなのにー」 「”俺の手入れした可愛い艇を戦争なんぞに出せるか!”ってね。死ぬまでずーっと言い続けてたんだから」 「……なんか、かっこいいですね」 「でっしょー? ボク、分かってるじゃない」 「わ!?」 トスカに荒っぽく頭を撫でられ、アルティアが小さく後ずさる。 そんな彼をからかうようにしばらく撫でくり回していた少女が、ふとその手を止めた。 「……あ」 「どうかしたのか?」 問うたアレグロに、トスカはたはは、と苦笑を浮かべてひと言。 「いや……どうやって帰ろうかなーって」 「……は?」 「だからさ……行きはほら、森なんかまっすぐ飛び越えてきたから……」 「……」 沈黙が流れる。鳥の羽音や鳴き声さえもが静寂の一部のようだ。 ややあって、アレグロが重たげに口を開いた。 「……一緒に行くか?」 その言葉に少女の表情が変わった。瞬き、彼女は問い返す。 「え? ……いいの?」 「どうせ俺たちの行き先はあんたの国だしな。……それに、あんたには恩がある」 脱ぎ捨てた鎧を一瞥してアレグロはそう言った。彼女から受けた恩を思い返し、ついでに防具を買い換えねばならないことも考えているようではあったが。 トスカは照れたような笑いを浮かべ、皆を見回した。 「もう、そんなの気にしないでって……まあいいや、それじゃあ改めて……あたしはトスカ。これからしばらく、宜しく! ……で、そっちは? まさか騎士さんや詩人クンで通す訳には行かないよね?」 「ああ、すまん。俺はアレグロだ」 「騎士さんがアレグロね。で?」 「弓使いと、黒魔道士と、アホ歌歌い……クレハ、アルティア、エイル」 手で示しながらアレグロが順に紹介すると、エイルが憤慨したように両の拳を握り締めた。 「アホ歌歌いじゃないもーん! いい加減覚えてよねー!」 「……普段はアホ歌歌いだろうが」 「ふんだ。アレグロなんかさっきボクが歌ってなかったら死んでたくせに」 「……ぐ……」 反撃できずに歯噛みするアレグロに苦笑いを見せ、リエルはトスカに向き直った。 「はは……なんか、いっつもあの調子みたい。ごめん、僕がリエル。こっちがディア……」 「うん、うん……ん? ねえディア、あんた何か武道でもやってるの?」 頷き、ふとトスカは首を傾げた。一方のディアは急に話を振られ、小さく呻く。 「うっ……あの、……ど、どうして……?」 それだけ言うのが精一杯、とでも言うような、今にも消え入りそうな調子で彼はそう返した。 トスカはそれを聞き、すっとディアの服を指してみせる。 「だって、その袴。そんなの着てる奴なんて滅多にいないわよ」 「……あ……そ、その……これ、は……」 半ばリエルの後ろに隠れるような形で苦しげに話す彼に代わって、壁にされかけている少年がそれに答えた。 「ああ、これは……うん。そうだね、ディアの故郷の慣習みたいなもんだよ」 「ふーん……そんな地方、あるんだ?」 「まぁ、ね。……で、ディア。いい加減僕の後ろに隠れるのやめてくれる? 一応、君の方が大きいんだけど?」 振り返り、リエルは人差し指をディアの喉に突きつけた。 「あ……そ、そうですね……申し訳ありません……」 「ああ、そうそう。こいつのこの台詞、ほんとにしょっちゅう出てくるからさ。暇なら数えてみるのも面白いかもよ?」 「リ、リエル様! そんなこと……」 「ま、何はともあれ宜しく!」 ディアの口を無理矢理塞ぎ、リエルは太陽の笑顔と共に右手を差し出した。トスカはそれに面食らいながらもすぐに頷き、同じように笑顔を添えてその手を取った。 「ああ、宜しく! ……あ」 「? まだ何かあった?」 「うん……どうしよ、艇」 「……」 困ったように首を傾げた彼女に、リエルはただ苦笑を返すことしか出来なかった。 |